第7話「選んだ足跡」
仁美からの連絡は、突然だった。
『今日の夜、空けとけ。面白いもん見せてやる』
行くかどうか――一瞬だけ迷ったが、気がつけば「わかった」と返信していた。
父の居場所に近づくためには、仁美の世界に足を踏み込まざるを得ない。
夜九時、裏通りの倉庫街。
仁美は黒いジャケットを羽織り、ポケットに両手を突っ込んだまま待っていた。
「怖かったら帰っていいよ。代わりに動画だけ送ってやる」
その挑発に、大樹は口を噤んだ。
倉庫のシャッターは半分開いており、中から低い声と機械音が漏れてくる。
足音を忍ばせ、仁美と並んで薄暗い内部を覗き込むと、テーブルに札束が積まれ、男たちが何かの包みを検品している。
白い粉。大樹でも、それが何かはわかった。
「……これって」
「想像通り」仁美は囁いた。
「でも今日は銃じゃなく、別の方法。静かにね」
その時、奥の扉から別の男が入ってきた。
仁美はすっと姿勢を低くし、ポケットから掌サイズの金属筒を取り出す。
カチリ――音と同時に、倉庫内の照明が全て落ちた。
真っ暗闇の中で、人々の叫び声と物音が交錯する。
数十秒後、非常灯が点く。
男たちは床に転がり、動けないまま呻いていた。
仁美は何事もなかったようにポケットへ金属筒をしまい、振り返った。
「ほら、大樹。あんたも足跡をつけた。もう後戻りはできない」
その言葉が、大樹の胸を強く締めつけた。
帰り道、夜風が妙に冷たく感じられたのは、単なる気温のせいではなかった。