表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

第3話「監視の夜」

 仁美の指示は簡単だった。

 「この男を監視して、夜十時に報告すること」

 手渡されたのは、ぼやけた証明写真と安っぽい望遠レンズ付きのカメラ。ターゲットは中年のサラリーマン風だが、裏で違法賭博の元締めをしているらしい。


 夕方五時、繁華街の喫茶店。

 ターゲットは新聞を広げ、ゆったりとコーヒーを飲んでいる。

 大樹は店の向かい側、古びたゲームセンターの影に立ち、レンズを覗いた。


 ……退屈だ。

 覚悟とか緊張とか、そういうものを想像していたが、実際はただの張り込みだ。

 しかも立ちっぱなしで足が痛い。


「これのどこが弟子の仕事なんだよ……」

 小声でぼやくと、耳元に声が落ちてきた。


「張り込みは殺しより大事よ」

 振り向けば、仁美がアイスコーヒー片手に立っていた。

 さっきまで別の仕事に行っていたはずなのに、いつの間に近づいたのかまったく気配がなかった。


「仕事帰りに寄ったコンビニ感覚で現れるなよ」

「何言ってるの。見習いの様子を見に来ただけ」

 仁美はそう言って、望遠レンズを奪い取り、数秒覗き込む。

「……あ、こいつ、もうすぐ出るわね。歩き方が早くなってる」


 その言葉どおり、ターゲットは会計を済ませ、足早に店を出た。

 仁美が軽く顎で合図し、大樹は距離をとって尾行を始める。


 雑踏の中を、一定の間隔で歩く。

 人混みで見失いそうになるたび、仁美の声が背後から飛んできた。


「右の女の人を抜かして。そう、自然に」

「いや、自然って何だよ……」

「不自然じゃなければ自然よ」


 半ば訳のわからない基準で、二人はターゲットを追い続けた。

 やがてターゲットは古いビルに入っていく。

 看板は消え、窓も真っ暗だ。


「ここで今日は終わり」

 仁美はメモを取り、満足そうに頷く。

「……何で入らないんですか」

「中に入ると殺す羽目になるから」

「そんな感覚で言うなよ」


 駅までの帰り道、仁美は淡々と仕事の説明を続ける。

「監視は情報を集める仕事。殺す理由やタイミングを決めるには、それが一番大事」

「……俺はまだ、理由なんて見つけられそうにない」

「そのうち理由なんて、どうでもよくなるわ」


 軽く言われた言葉が、大樹の胸に重く沈んだ。

 その夜、家に戻っても、暗いビルの入口に消えていったターゲットの背中が、頭から離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ