第2話「殺す理由」
翌日の放課後、約束どおり仁美は現れた。
人通りの少ない駅前のロータリーに、紙袋を提げて立っている。外見はどう見ても会社帰りのOLだ。
しかし大樹は知っている。その中身が昼食用のサンドイッチではなく、分解式の拳銃と消音器だということを。
「今日は顔合わせよ」
仁美はそう言って、大樹を車に押し込んだ。
古びたセダンは煙草と革の匂いが染みついている。
「顔合わせって……俺、まだ何もできないけど」
「いいの。見るだけでも価値はあるから」
「……人殺しの現場を?」
「ええ。見ればわかるわよ、どうして私がこれを続けてるのか」
車は郊外の工場跡地に着いた。
既に一人の男が、縛られて鉄骨に凭れかかっている。額に脂汗を浮かべ、何度も仁美に罵声を浴びせるが、彼女は気にも留めない。
「この人、何したんですか」
「私にムカつくことを言った」
あまりにも短い理由だった。
大樹は思わず声を裏返す。
「……それだけで殺すんですか!?」
「“それだけ”で、十分なのよ。ムカつく奴が死ぬと、スッキリするじゃない」
「いや……普通はしませんよ。怒鳴るとか、無視するとか……」
「普通じゃないから、ここにいるの。あなたもね」
仁美は拳銃を取り出し、迷いなく男の膝に撃ち込んだ。
乾いた音と共に、男の悲鳴が空気を震わせる。
大樹は反射的に顔を背けた。視界の端に飛び散った血が赤く焼き付く。
「見てなさい」
仁美の声は冷たいが、不思議な高揚感を帯びていた。
やがて男は恐怖に支配され、先ほどの威勢は跡形もなく消える。
その様子を仁美は、観察日記でも書くような無表情で眺めていた。
「……どう? スッキリするでしょう?」
「……しない。気持ち悪いだけだ」
吐き気を押し殺しながら、大樹は答える。
父親の顔が頭をよぎる。殴られ、罵倒されるたびに殺したいと思った。でも――。
目の前の光景は、その感情に冷たい現実を突きつけてきた。
「あなた、甘いわね」
仁美は淡々と言い、男の眉間に銃口を当てた。
乾いた破裂音が響き、すべてが終わる。
「殺すのに理由なんていらないのよ。必要なのは、引き金を引く指の力だけ」
大樹は返事をしなかった。
ただ、自分がその指の力を持てる日は来るのか――それが恐ろしくてたまらなかった。