第10話「鎖のような笑顔」
仁美が部屋に入ってきた瞬間、大樹の背筋が固まった。
黒いジャケットにブーツ、仕事帰りらしく指先には乾ききらない血の跡。
いつも通りの冷ややかな笑み。けれど、その奥に何かを探るような視線が潜んでいる。
「……誰か来てた?」
胸が跳ねる。だが、すぐに笑って首を振った。
「いや、宅配……間違いだった」
仁美は無言で部屋を見渡す。机の上のカップ麺、散らかったメモ帳、そしてわずかに開いた窓。
その窓の外は、訪問者が逃げた裏口の方角だ。
「そう」
短く言い、仁美はベッドの端に腰を下ろした。
その動きで、大樹の逃げ場は塞がれる。
「最近、部屋にこもってるね。外に出ないと、腕も鈍る」
そう言って、仁美は紙袋を差し出した。中には新品のナイフが二本。
「特注よ。あんた専用。これで“次”は自分でやってもらう」
袋を受け取った瞬間、重みが手に食い込む。
逃げることも、放り出すことも許されない気がした。
「……仁美」
声が震えた。だが、彼女はそれに気づかないふりをして微笑む。
「安心して。あたしが見てる。もし失敗しても……あんたを守るのはあたしだから」
言葉は甘い。けれど、それは鉄の鎖と同じだ。
その笑顔の下で、自分が少しずつ締め上げられていく感覚があった。
仁美は立ち上がり、ドアの前で振り返る。
「準備しときなさい。ターゲットはもう決まってる」
ドアが閉まると、部屋の空気は一層重くなった。
大樹は紙袋を机に置き、ナイフを見下ろす。
刃先が、出口のない未来を映していた。




