第9話「もう一つの出口」
あの夜から数日、大樹は仁美のアジトの一角にある自室にこもっていた。
六畳ほどの部屋。薄暗い裸電球の下、簡易ベッドと折りたたみ机しかない。
壁一枚向こうには仁美の部屋があり、ドアを開ければすぐ会える距離だ。
それでも、この数日は会いたくなかった。
そんなとき、ノックの音がした。
仁美なら、ノックなんてしない。ドアを蹴飛ばすのが常だ。
扉を開けると、丸眼鏡の小柄な男が立っていた。
「やあ、君が市村大樹くんだね。仁美ちゃんの“弟子”だって噂を聞いたよ」
「……誰だあんた」
「名前はどうでもいい。裏の仲介屋だ。君、今なら別の道を選べる」
男はずかずかと部屋に入り、勝手に机の端へ腰を掛ける。
「仁美と一緒じゃ、そのうち潰される。殺しじゃなくても稼ぐ手はある。物を流すだけで食っていける。
君はまだ“やり直せる”年齢だ」
大樹は思わず息を呑む。
父を殺すためにこの世界へ来たはずなのに、今は“生き残る方法”ばかり考えている。
「……俺がそうしたら、仁美は……」
「怒るだろうね。君を手放さない。だからこそ、今のうちだ」
そのとき、廊下の奥からブーツの足音が響いた。
仁美だ。
男は笑みを崩さず、指先で机を二度軽く叩く。
「覚えておくといい、“出口”は一つじゃない」
扉が開く直前、男は影のようにすり抜け、アジトの裏口へ消えた。
仁美が入ってきたとき、大樹はベッドの上で無言のまま固まっていた。




