夏の恋
夏の最後というのはどこか寂しく切ない時間になります。
まだ居たい、終わってほしくない。そんな時間がなつかしらぬ世界になるかもしれませんね。
今日は夏休み最後の日。
夏の終わりの空は、まだ熱を帯びているのに、どこか冷たい。
赤く焼けた陽がコンクリートの壁に染み込み、団地の外壁を灰色と橙のまだらに照らしていた。
階段を上る。
鉄の手すりは少し錆びていて、指先にざらつきが残る。
さっきまで、一階のベンチで子どもが遊んでいたはずだ。洗濯物を取り込む母親の姿も、夕食を支度する匂いもあった。
けれど、二階に足を踏み入れた瞬間、すべてが消えていた。
廊下は長く、窓からの光が薄く延びている。人の気配が一滴もない。
上階へ行けば誰かに会えるかもしれないと、足を速める。
コンクリートの壁は靴音の乾いた反響を返すだけ。
三階、四階……。
扉は綺麗に並んでいる。どれも同じ色、同じ造り。
だが、どこからも音がしない。テレビのざわめきも、皿のぶつかる音も、子どもの泣き声も。
気づけば、ひぐらしの声も止んでいた。
風が吹くはずの隙間も、ぴたりと閉ざされている。
団地全体が、音そのものを失ってしまったようだった。
「……誰か」
声に出してみても、吸い込まれるように消える。
そのときだった。背筋を撫でるような気配に気づく。
「見られている…」
どこかの窓から。どこかの影から。
けれど目を凝らしても、誰もいない。ガラスはただ、黄昏の光を映しているだけ。
心臓の鼓動が、やけに大きく聞こえた。
音が消えた世界で、それだけが異様に響く。
なのに確かにある。
見えない目が、こちらを捉えている。
団地の階段は、どこまでも続いている気がした。
昇れば昇るほど、誰もいないのに、目線だけが増えていく。
怖くなって扉の前にうずくまってしまった。
その瞬間。
母親に声をかけられた。
手には買い物袋が握られている。
僕は一体…
少年は夏に魅入られてしまったのでしょうか。
それとも自ら…?
あなたは迷い込んでいませんか?




