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言葉屋シオリ  作者: 水城シオリ
3/11

孤独の言葉屋しおり、米を語る

本作は、言葉と食を結びつけた物語です。東京・神楽坂の小さな食堂で繰り広げられる、主人公シオリの内なる言葉の旅は、シンプルでありながら深い「米」の魅力に迫ります。普段何気なく食べているお米が持つ奥深さと、それにまつわる風評や物語を通じて、「言葉」と「食べ物」の共通点を感じていただければと思います。言葉もお米も、一粒ひと粒、あるいは一言一言が丁寧に選び抜かれることで、相手に届く力を持つもの。本作を読んで、日常の何気ない言葉や食事に対する新たな視点を見つけていただけたら嬉しいです。

ここは東京・神楽坂。石畳が続く路地裏に、シオリは一人立っていた。

彼女の肩には小さなトートバッグが掛かっている。中にはノートとペン、そして本が数冊。いつもの仕事道具だ。「言葉屋もお腹が空いては何も始まらない。」シオリは、自分にそう言い聞かせるように呟いた。


「米のプロ」たちが集う店

ふと目に入ったのは、古民家風の小さな食堂。

暖簾には毛筆で「米屋 茅乃舎かやのや」と書かれている。

「米屋……か。ちょっと気になるわね。」

看板には、「全国各地から厳選したお米と、旬の副菜を味わう」とある。どうやらこの店、主役は“お米”らしい。

シオリは戸を引き、そっと中へ入った。店内は落ち着いた木の香りと、土鍋で炊いたご飯の香ばしい匂いが漂っている。

「いらっしゃいませ。」

女将らしき女性が微笑む。「本日は新潟県南魚沼産コシヒカリと、福島県会津産ひとめぼれをご用意しております。」

「ふむ、米にこだわる店か。いいわね、ここで食べていきましょう。」

シオリはカウンター席に腰掛け、少しだけ期待を込めて目の前の土鍋に視線を向けた。


土鍋のふたが開く瞬間

「お待たせしました。」女将が土鍋をテーブルに置く。

ふたを開けると、炊きたての湯気がふわっと立ち上る。それはまるで、生きているような香りだ。

「南魚沼産コシヒカリです。お召し上がりください。」

シオリは茶碗を持ち、小さな杓子でよそった白米をじっと見つめた。

つややかな白さ、粒の揃った形。彼女の脳内に、いくつもの言葉が浮かぶ。

「純粋で、清らかで、なんというか……白の中の白……。いや、これはただの白じゃない。透明感がある。例えるなら、冬の早朝に光が差し込んだ雪のような……。」

ひと口、口に運ぶ。

「ん……!」

噛むたびに、米粒がほどけて甘みが広がる。まるで、丁寧に紡がれた文章が、ひとつひとつ読者の心に染みていくようだ。

「なるほど……ただの炭水化物じゃない。これこそ、“言葉のように味わえる米”ね。」


シンプルだからこそ語れる魅力

次にシオリが箸を取ったのは、米のお供たちだ。

ふろふき大根、炙った鮭、少しの漬物。どれも、米を引き立てるために用意された控えめな存在だ。

「ふむ、これは……たとえるなら、“脇役”たちね。でも、ただの脇役じゃない。主演を引き立てる俳優みたい。」

ふろふき大根を口に含み、続けて白米をひと口。味噌の香りと米の甘さが絡み合う。

「こういうことよ。これが“主役と脇役の絶妙な掛け合い”ってやつ。」

彼女は続けて、少しだけ炙られた鮭を箸でほぐし、米に乗せて頬張る。

「ん……。米に塩気が加わるだけで、ここまで違うとは。言葉に“句読点”を入れると文章が引き締まるのと同じね。」


福島産のひとめぼれ

次に出されたのは、福島県会津産のひとめぼれ。

「こちらは少しあっさりとした甘さが特徴です。」と女将が説明する。

シオリはまた茶碗にご飯をよそい、ひと口食べてみた。

「……うん。確かに、こちらは上品な甘さね。でもその控えめさがいい。人に寄り添う優しい言葉のような味。」

ふと、シオリの脳裏にかつての「怪しいお米セシウムさん」事件が浮かんだ。

「福島のお米は、不当な風評被害を受けてきた。それでもこうして誠実に作られたお米があるというのに、言葉ひとつで誤解を生むなんて、本当に恐ろしいこと。」

彼女は深く息をつき、茶碗のご飯を噛み締めるように味わった。


言葉屋の哲学

食べ終えたシオリは、お会計を済ませ、店を出た。外はまだ穏やかな昼下がり。

「今日もいい米に出会えたわね。」

彼女は静かに呟き、足を止めた。

「言葉は、米に似ているのかもしれない。どれだけ選び抜かれ、丁寧に扱われたかで、相手への影響がまるで変わる。言葉を使う仕事をする人間として、改めて身を引き締めなきゃいけないわね。」

そうして、また歩き出すシオリ。彼女の中では、米とともに新しい言葉の味が生まれようとしていた。

シオリは今日も、言葉と向き合いながら、一人で静かに味わう。食も言葉も、彼女にとっては人生を支える大切な“糧”なのだから。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。この物語は、言葉屋シオリを通して、食べ物とその背景にあるストーリー、そして言葉の力を描きました。特にお米は、日本人にとって単なる主食ではなく、文化や歴史、そして感情が込められた特別な存在です。それと同じように、言葉も一見シンプルながら、深い意味や力を持っています。

作中で描かれた米の味わいや風評被害の話題は、私たちの日常の中にある小さな問題意識を象徴しています。食べ物を味わうように、言葉も丁寧に選び、届けることの大切さを伝えられたなら幸いです。

シオリはこれからも、自分のペースで言葉と向き合い続けるでしょう。そして、そんな彼女の姿が少しでも読者の皆さまの共感や発見につながることを願っています。

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