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第二話 ギャルの願い⑤




「悪いけど、その子。私の大切な子なの。そんな物騒な手さっさとしまってくれない?」


とびきりの笑顔で手を伸ばす麗子に、怨嗟は嬉しそうに口を開けて、さらに手の刺を増やした。その狂気さに思わず笑顔を崩しそうになるが、どうにか保つ。

それはひとえに何が起こっているのかわからない拓馬を安心させるため、そして夢の姿をしている自分はきっと笑顔だと信じているから。

早く、あの子を助けてあげないと。意外と泣き虫だし。

そう胸の内で呟き、ヒールを地面に2回打ちつける。すると地面からピンク色のバトンがでてくる。それを身体前に構え、手を添える。

「 ラブリーズ・フラッシュ 」


突如出現したピンク色のバリアがフリスビーのように怨嗟へと高速で襲いかかる。

目を見開いた怨嗟は降りかかるバリアから身を守るため前に組んでいた手が少し崩れる。その隙を見逃さず、手の形をしたバリアが拓馬を優しくつかみ、救出した。

「うわっ」

「よっと、大丈夫?拓馬」

「え、うん、、、」

「うんって、可愛いなぁほんと」

優しく頭を撫でてぎゅっと抱きしめる麗子に、拓馬はドギマギする。年頃の男の子には麗子の格好は刺激が強すぎるのだが、麗子は気にする素振りもない。

地面にまでめり込むほどのバリアはあたりに砂埃を舞わせて、視界を霞ませている。その中から真っ黒な物体がのっそりと起き上がって見えた。

この程度で死ぬわけない、か。

「う、うわぁぁ!!!な、なんだ、あれ!!」

「落ち着いて拓馬、大丈夫だから。・・司令塔、この怨嗟の情報提供お願いします」

どうやら拓馬の目にも怨嗟が見えるようになってしまったらしい。思わず尻もちをつく拓馬に慰めをかけながら、早急な指示を仰いだ。

『・・数週間前に2(ドス)として発生した怨嗟、特殊変異は確認できません。推定でも5人はすでに飲み込んでいるために先日、4(クアトロ)へとランクが上がりました』

「中にいる人は助けられないと?」

『はい』

すでに消化済みってことね。桜崎のチームはレベルが高いはずなのに捕まえられていないとしたら、とんだバケモノかもしれないわね。

 経験上、4(クアトロ)以上の敵とは凪沙たちとでしか対応したことがない。アタッカーとサポーターのコンビネーションが特に必要となるのが4の怨嗟たちだ。


私一人で、出来るだろうか。

麗子のこめかみに冷や汗が伝う。先ほどの意気込みが、嘘のように消えて胸の中で不安が広がった。

しっかりしなきゃ、もうすぐ砂ぼこりも晴れる。

クイ。

「ん?」

控えめに引っ張られた方を向くと不安そうに瞳を揺らす拓馬と目が合った。めったに見ないその顔に私はなんだか安心して、服を握っている手に自分の手を重ねる。

「安心して、姉さんに任せなさい」

「・・ごめん」

「なんでアンタが謝るのよ、大丈夫」

念をおして、ゆっくりとその手を外す。

守らないと。

弟を。

大好きで、大切な。この子を。


いつも、いろんなものを貴方に受け入れさせるばかりで、吐き出させてあげられない。そんなお姉ちゃんだけど、私は一心に愛し続けるから。


もし、これから会えなくなったとしても、遠くから思ってるから。 


うおぉぉぉ・・・


地に響くようなうめき声が耳を通り頭を恐怖で侵食していく、それを飲み込むようにゆっくりと目を閉じて、私はバトンを力を込めて握った。

「まだ懲りない?しっかたないわねぇ、ほんと」

面倒で嫌な怪物。

そうつぶやいて、バトンを上に放り投げる。くるくると回り、麗子の眼の前に浮かび上がると、真ん中から真っ二つに割れた。それらは形を変え、2丁のエネルギーハンドガンへと形を変えた。

これで、押し切る。

麗子は怨嗟に標準を合わせ、躊躇なく引き金を引いた。

シュパン! シュパン!

銃口が平たくなっているハンドガンは、麗子専用の武器であり、小さく凝縮されたバリア弾が弧を描きながら怨嗟へと向かっていく。着弾を待たずして私は拓馬を背後に隠しながらバリア弾を放っていく。

しかし、アタッカーのように高い殺傷能力はないハンドガンの弾を、怨嗟も手足や口を駆使して破壊していく。

それでも私は良かった。いや、想定通りだ、このまま戦闘を続けていれば桜崎のチームが気づいてくれるはず。というか、はよ気づけ。

 

 早くしないと、被害が広がりすぎてしまう。

刺に覆われたやつの手足はバリア弾を破壊する度その重みで地面や塀をどんどん破壊していく。移動速度もそれなりに速いため、攻撃の当たらない最低限の距離を保つには骨が折れる相手なのだ。

それに私は、あくまでもサポーター。後衛支援型だ。いつもなら、凪沙が突っ込んでいくのをタイミングを見てバリアを出現させて防ぐ、または足場を作るなど、攻撃に転じたことはほとんどない。初期の頃を除いて。


その名残でこのバトンとハンドガンは存在するのだ。

 運悪く、立ち回り上このまま後ろへと追いやられば桜崎駅まで行ってしまう、そうなれば最終電車に乗る人たちを巻き込んでしまうだろう、さらには後ろにいる拓馬まで大ケガは免れない。

せめて、動きさえ止められれば、!

 そこで、ふと、この前振られた凪沙からの無茶振りを思い出した。その内容は、今回求めている技に似ていたはず。

私はハンドガンを片手のみに持ち替えて、連続で放つ。その弾は怨嗟により握りつぶされた、が。内部から手が膨らみ、破裂した。

それに目を見開く怨嗟に弾が次々と着弾していき、体全体がぶくぶくと腫れ上がっていく。

それを横目に、ハンドガンをホルスターに突っ込むと、腕を振りながら力を込めた。すると地面からピンク色のエネルギーが噴き出し腕の形へと変化する。

止まらないなら、掴んで止めてやるっ!

その腕は麗子の腕の動きと連動し、大きく広がった腕が迫りくる怨嗟に向かって挟むように動かした。ガシリと掌で怨嗟の動きを残り数メートルで止めた。想像以上にかかる重みに奥歯を噛む、絶対離して、、やるかってのっ!

前回とは全く違う重みが腕にのしかかるが、負けじと足を思いっきり踏ん張った。

ざり、ざり、

だが、黒いヒールが地面を滑って、完全に止めることはできない。

怨嗟は苦しむ私を見てニヒルに口元を歪ませながら込める力を強くしてくる。

「姉さん!」

「アンタは、下がってなさい、、姉さんが止めてあげるっ、、から!」

「でも、、こんなことになったのは、俺が、、」

「拓馬!」

私は振り向かないまま、言葉を続ける。

「逃げなさい、ここから左に曲がればギルドに着く」

「い、いやでも」

「でもでもうるさい!・・邪魔なのよ!」

「っ!」

しまった。

こんな事を言うつもりじゃなかったのに。

拓馬が片手に握りしめた紙袋からグシャリという音が聞こえた後、走り出した足音は駅の方へと遠ざかっていった。

「・・・あーもう!!」

なんで私は、、もっと言いようがあったじゃない!いくら余裕がないからってあんな言い方・・

 でも、それ以上になんて言えば良かったんだろう。

 定期的に会って話していても、毎日を共にしていないことはここまで影響を及ぼすのか。情けないし、悔しい。そしてギルド戦闘員になった私が少しだけ憎かった。

以前の私との違いに絶望した。だんだん、手にこもる力が弱くなる。

 結局私は、『また選べなかった』。

そもそも今みたいな不安定な関係を続けていていいのかすら怪しい。


覚悟の揺らぎ、怨嗟の力が強くならなくとも麗子の防壁はすでに崩壊に近かった。


もういっそのこと手を離して潰れてしまおうか。どうせオリジンは剥奪だろうし、私にはどうにもできなかったんだ、

拓真も、こいつも。

姉としても、ギルド戦士としても。 


 理想の私はいつだって完璧だ、

でも今の私は何もできない陰キャ


怨嗟を抑え込んでいた腕が粒子となって弾ける。

コンパクトのルビーの輝きが荒んでいく。


「ごめん、やっぱり私、むいてないや」

高望みだったんだ、何もかも。


ごめん・・、背中を押してくれたみんな。


・・・・・美莉愛みりあ



・・・・・・・・凪沙、、



全てをあきらめ、うなだれる私に怨嗟の巨体がずるずると近づいていた、その時だった。


『、、い!、、お、!聞こえてるか!麗子!』



「ッ!し、、心吾?」

『よし、つながるな。いま司令塔に掛け合って回線をつなげた、今の状況を教えてくれ』

「な、なんで、、」

『麗子のマンション付近で凪沙が何かを感じとったんだ、厄介な怨嗟の目撃情報がここいらで多発していたらしいし、連絡もつかないからもしかしてと思ったんだが、案の定だったみたいだな』

「・・・」

『・・麗子、すぐにそっちに行く。だから安心して俺たちを頼れ』

「・・!」

頼れ、そんな言葉いつぶりだろう。

長女だから、父さんと母さんの娘だから、だから誰にも頼らず、完璧であり続けることが常だったから、思えばコイツラは、いつだって私に理由をつけて強がらせることは一度もなかった。

「・・私のマンションの近く、駅に続く一本道よ」

『分かった、今すぐ『麗子』、、凪沙?』

「・・なによ」

『諦めんじゃねぇぞ』

なんて無責任な言葉。今まで何度も言われてきた言葉だから、常々そう思っていた。相手は私なんかじゃ刃が立たなくて、今にも喰われそうになっているのに。

 でも、不思議とその言葉は心の鉛を、苦しさを力に昇華させる気がした。

目の前でニヒルな顔で笑う怨嗟、大きく手を振り上げ私を狩ろうとする。

麗子は俯いたままぐっと右手に力を込めバリアの腕を作り出し振り上げられた剛腕をギリギリで受け止めた。

「っあんたに、言われなくたってね・・」

【っ?!】

前を向くと同時に左手にも腕を生成する。今一度光の宿る瞳は鋭く怨嗟を睨み、口元は震えながらも弧を描いていた。

「夢も理想も、諦めるつもりなんざないのよ!!」



「知ってるよ」



「っえ?」

その瞬間、赤い閃光が怨嗟との間で煌めく、その勢いで倒れそうな私をなにかが掴んだ。

砂埃が風で流れ去る。

そこには、赤紫の長髪を揺らす凪沙が立っていた。

「凪沙・・」

「・・勘違いすんなよ、借りを作ったまんまじゃ癪なだけだから」

「素直に助けに来たって言えばいいだろ」

「うっせ、あと仕事中は刹那って呼べよ、スイッチが切り替わらないから」

「・・・」

あぁ、なんて奴らだ。

普段はうるさくて、だらしなくてただのガキにしか見えないのに、今はどうしてもその背中がかっこよく見えてしまう。

ずるい。こんなの意地を張るのがバカらしくなっちゃうじゃない。

「あら、助けを求めたつもりはないんだけど、あんたたちが勝手にこっちに来ただけよ」

「あぁん?んな情けねぇ声出して場所教えたくせにまだ意地はんの「でも、」、あ?」 


「嬉しかったわ、あんたらが来てくれて」


「・・間に合ってよかったよ、ほんとに」

「はっ、だったら最初からそう言えし」

「ふふ、はいはい」

優しく微笑む心吾に比べ、減らず口を叩く凪沙も耳が真っ赤だ。

 こういうところは思春期の男子って感じで面白い、 普段と言えばただのクソガキどもだけど、こういうとき、すごく頼りになるから尚のことコイツらはずるいのだ。

【ウゥゥ、、】

「なんだよ、仕留めた気がしたのに」

「でも、ずいぶん弱ってるみたいだ、あとコアを壊せば終わりだろ」

「あぁ」

凪沙が刀をスラリと鞘から抜き、先ほどの攻撃で立ち上がることすらできない怨嗟の方へと近づいていく。


「あ〜、この程度か。もう少し粘って欲しいんだよなぁ」

この現場を遠くから見守っていたシルクハットの男はそうつぶやいた後、白い手袋をした手を怨嗟に向けて弾いた。

すると、怨嗟の体から紫色の瘴気が溢れだす。人形に近かった怨嗟の形がぶくぶくと変わり、オオカミ型の猛獣へと変異した。

【ウォォォオオオ!!!】

「うん、我ながら上出来だ♪さーて、ここからが本番だよ若きギルド戦士たち」

不敵な笑みを浮かべた男は、シルクハットを深くかぶると背後に現れた黒い渦へと入って姿を消した。




【ウォォォオオオ!!!】


耳をつんざくような咆哮が当たりに轟く。鋭い爪はさらに密度を増して地面に深々と刺さり、だらしなくも唾液を垂らした怨嗟はまさしく捕食者の顔をしていた。

「こ、これは、、?」

「突然怨嗟が狼みたいに、、」

「、、、チッ、めんどくせぇ、、だが、面白くなってきやがった」


「え、まさかあんた、戦うつもりなの?!あんなのもう4以上の怨嗟じゃない!」

麗子が焦ったように言うが、凪沙は意にも介さないと鼻で笑い飛ばす。

「関係ねぇ、ただ雑魚が成魚になっただけだろうよ、この俺が骨ごと丸呑みにしてやんよ」

「おい、戦闘狂もほどほどにしろ。相手を見て物を言いやがれ」

怨嗟は忙しなく紫色の瘴気を吐き出している、変異に体がついていけてないのか、動きはノロノロと遅い。しかし、あの毒されたように変色した大きな鉤爪が少しでも触れれば俺たちは即死だ。

「ここは一旦引いて、桜崎のチームと合流しよう、じゃないと俺たちは確実に死ぬぞ」

「やだ」

「やだって、、お前なぁ、この状況ちゃんと理解してるのか?!」

「言っただろ、関係ねぇって、あの程度、俺なら斬れる」

「バカも大概にして!まだ弟に謝れてないのよ!

こんなところで死にたくなんか、、」

「だーもう!うるっせぇなあ、てめぇらはよぉ!こいつをこのまま野放しにすれば、桜崎と合流する頃にはここは一帯火の海だぞ!状況理解してねぇのはてめぇらだ!」

「そ、そうだけど・・」

「俺は、ぜってぇ諦めねぇ。お前にも言っただろうが!」

「っ!」

「良いからそこで黙ってみてろ腰抜け共が」

ビシッとこちらに指をさして、怨嗟と向き合う凪沙。

どう考えても無茶だ。あれを一人で狩るなんてことできっこない。

しかし、凪沙は臆する様子もなく、しっかりと地に足をつけて怨嗟と対峙している、それが不思議でたまらなかった。

真っ黒なパーカーが風で翻され波打つ。刀に手を添え、鯉口を切った。

刹那、怨嗟の腕と刀が同時にぶつかり合った。あたりの塀やカーブミラーが衝撃波により粉砕されていく。

【クククククククッッ】

「はっ、心底楽しいって顔だなおい」

それは、お前も言えることだぞ、命の危機を前になぜそんなに笑っていられる。

 好戦的な目をして、自分が勝つ未来しか見据えてないのか。

その背中が心配に思うのと同時に、奴の後ろに立っている自分が情けなく感じた。

 あぁ、いつもこうだ。

いつもあいつは、俺の前へ行く。庇うように。守るように。そんな言葉をくれなくともその背中が、行動がそれを示してくれる。 


俺は一度でもアイツに行動で示したことはあるか。


目の前のことに勝手に見切りをつけて、諦めてるんじゃないのか。


あいつは、けして諦めない。


なぜなら、自分を信じてるから。


そして俺もあいつの努力を知ってる、だから信じてここまで来たんだ。


俺も守らなくては。あいつに先を越されたまんまなんて、死んでもゴメンだ。


俺は、“アイツの隣で”完璧にありたいんだ。


俺は大きく息を吸い、顔を上げた。目の前の光景を広く見据え、相手の手数、凪沙の次の手。相手の次の手を予測する。あの剛腕は先ほどより大きさが変わっている、となればもしかしたら手を増やして数で押してくるかもしれない。

「麗子」

「な、なによ」

「凪沙の道を開くぞ、俺が言うところにバリアを張ってくれ」

「はぁ?!あんたも戦うの?!」

「当たり前だ、それに・・ムカつくんだよ」

「なにがよ」


「アイツが命かけてんのに、俺たちが日和って動けねぇことがだよ。俺たちはチームだ、そして俺はアイツのサポーターだ。アイツの道を開くことが俺の役目だ、わかったらお前も、さっさとバリアを張ってくれ」

「・・・」

「お前だって、アイツにおんぶに抱っこはいやだろ」

「はぁ、、もう、わかったわよ。やれば良いんでしょ、やれば!」

そのせいで死んだらあんたらを末代まで呪ってやるわ。その言葉に俺は今日のゲームセンターでの出来事を思い出して、果然俺たちならできるかもしれないと、自信が湧いてきた。


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