第二話 ギャルの願い④
ガチャン。
私が呼んだけどやっぱり騒がしかったわ。特に凪沙は拓馬の地雷を思いっきり踏み抜いていったし、急につれてきて二人とも驚いたわよね。
「ごめんね二人とも、急にアイツラ連れてきちゃって」
「・・別に」
「心吾くんも凪沙くんも優しかったし、全然大丈夫!」
「・・そう」
ふいっとそっぽを向く拓馬に苦笑しつつ、サラサラ髪の春陽の頭を撫でた。うれしそうに抱きついてくるこの子を見てると、魔性の女のように育ってしまって甘やかしすぎたかしらと不安になる。親はどうせ数日しか帰ってきてないのだろうから、こんなかわいい姿もきっと見れてない。あぁ、ずっとバケモノにしか会ってないから死ぬほど癒やされる・・。
「ねぇお姉ちゃん、今日はお泊まり?」
「うん、朝はすぐ出ちゃうからご飯は家政婦さんにお願いしてね?」
「え〜、、はぁい」
ぷくっと頬を膨らませて不満げに声を上げる春陽に私がもう一度撫でてやろうと手を出すと、その下から拓馬の手が頭にぽすんと乗った。
「姉さんは大変なんだ、仕方ないだろ?」
「う〜、、わかってるもんそれくらい」
ほら、早く戻ろうと春陽の背中を押す拓馬の姿は幾ぶんか高くなった背丈に合わせて大人びたようだ。
「ごめんね、拓馬。不甲斐ないお姉ちゃんで」
「別に、気にしてないから」
ボソリと言ったはずの声に拓馬がはっきりと答えた。随分と整えられたもみあげから覗く耳は少し赤くて思わず笑ってしまった。
「アンタも兄貴になったわねぇ」
「・・・」
「ねぇお姉ちゃん」
「ん?」
「あれ〜」
くいっと私の袖を引っ張った春陽は白い紙袋を指さした。あれは確かあのゲームセンターで景品を大量どりした人にしか与えられない紙袋、つまり凪沙たちが置いていったわけか。そういえば、この子たちのプレゼントも紛れておいていたような、まさか。
私はその周辺を探してみる、やはりLofteの黄色い紙袋がない。アイツラ、間違えて持っていきやがったな。
「ねぇ届けないとじゃない?」
「でも、外は危険よ?帰宅義務時間も過ぎたし、明日私が持っていくわ」
最悪再来週また来るからその時に渡せば良い。どうせなら今日プレゼントを渡したかったけど、仕方がないわよね。
「でも、姉さんが買ってきた紙袋もなくなってる。明らか間違えられてるだろ」
「え?」
「外はきっとギルド戦士が守ってるよ、駅まですぐだし、みんなで届けても問題ないんじゃないか?」
珍しい。見た目に反して臆病者な拓馬が、危険を知っていくだなんて。熱でもあるのかしら。って、そうじゃなくて。
「みんなでなんてもっと危険よ、大丈夫だからふたりとも速く夜の仕度を・・」
「じゃあ、俺が届けてくる」
「ちょっ!はぁ?!」
流れるように紙袋を持った拓馬は、私の声を聞いてか知らずかスタスタと玄関までカムバックしていく。
躊躇のないその手を慌ててつかんだ。
「駄目よ、明日にでもあいつらパシってここに持ってきてもらうから!」
「今から行ったほうが早い」
「だから!なんでそんなに行きたいのよ!」
思わず大きくなってしまった声はワンワンと辺りに響く。後ろの春陽がビクリと肩を揺らしたのを見て、私は慌てて口をつぐんだ。
「・・じゃあ、姉さんも行けばいいだろ」
「えっ?」
「どうせ、あの中に俺たちへのプレゼントがあるんだろ?」
「気づいてたの?」
「この前、誕生日の日は来られないって言ってたし、姉さんならそうするだろ」
そう言って扉を開ける拓馬に私は焦って止めようとする、が。
「いってらっしゃ〜い」
「春陽?!」
「私、見たいアニメがあるから」
背中を押しながらニコニコと笑う春陽、若干腕に力が入っているように思える。私は流されるまま外へと出された。
「行こう姉さん、最終が近づいてる」
「え、えぇ・・」
かかとを踏んづけたスニーカーを履き直してエレベーターに乗る。勢いで出されたから携帯も財布も家の中だ。その事実がさらに気分を重くする。エントランスからでて空を見上げればいつもの星空とともにマンションをすっぽり囲った防御結界が変わりなく稼働している。あの照明の間を抜けてしまえばこの結界は意味をなさなくなってしまう。この結界がどれだけ大事で、安全なのかはあの子たちに何度も説明したはずだ、だというのに。
拓馬は当たり前のようにくぐって早く来いと目で訴えてくる。
「はぁ、あのねぇ拓馬、あの結界は」
「俺たちを守るために必要な大事な物、だろ?何度も聞いた」
自分より数メートルも先を行く拓馬にため息を吐く余裕もなく、どうにか説得しようと追いかける。
「だから、今すぐにでも戻って・・」
「・・しつこいな、いい加減子供扱いやめろよ」
「そ、そんなつもりじゃ・・」
「そういうのすっごい迷惑なんだよ、・・姉さんにとって俺たちは、いつまでも小さな子供なのか」
そう唇を尖らせ、目を合わせようとしない拓馬に私はそんなことない、と声をかけ、ようとした。頭が真っ白になって突如言葉が浮かんでこなくなる。
なんて声をかけたら良い、前までは、きっと、ちゃんと返して・・あれ。
どうしていただろう。
欲しい言葉は?寄り添い方は?
どうしよう、分からない。
そう思ってしまえば喉が張り付いたように声が出なくなった。どんどん私から離れて行ってしまう拓馬。追いかけなければ、なのに。
とにかく、なにか、なにか声を、!
「たく・・っ!」
手を伸ばし、拓馬を止めようとした時。こちらを面倒そうに振り返った拓馬の真後ろに、黒い化け物の姿をとらえた。あれは、、、
怨嗟っ!?
「どうした?姉さん」
怨嗟は真っ赤な瞳を三日月のように歪ませ、鋭く尖った手で拓馬を囲む。このまま動けば、彼を殺す、そう言っているように。
一般人に怨嗟は見えない、死の間際こそ神経が研ぎ澄まされその姿を目にするが、通常見ることができるのは能力者のみだ。
「・・?姉さん?」
「っ!動かないで!!」
「えっ、?」
今動けばあのトゲが拓馬に、、!
私は咄嗟にブレザーのポッケを探り、コンパクト型の手鏡を取り出す。
この状態で変身すれば、私がギルド戦士っていうのが拓馬にバレちゃう。でも、背に腹は代えられない。
「コード0111(ゼロスリーワン)守護 麗子 モード・・」
ビビビッ ビビビッ
「え?」
コンパクトから鳴る警鐘に私は思わずそちらを見やると1人でに蓋が開き、鏡に女性が映った。
『戦闘員 茉那麗亜出陣条件を満たしていないため、出陣を許可が出せません』
「はぁ?!どういうことですか!」
『規則でございます、サポーターのあなた1人で怨嗟との戦闘は許可できません。アタッカーまたはリーダー、もう1人サポーターがいなければExchangeの条件は満たされません』
「し、しかし、目の前に私の弟が・・」
『さらに、ギルド戦士は身内にその正体がバレてはなりません』
「そ、れは、、」
『対象者との交流禁止、またはオリジン剥奪のペナルティでございます。マナリア、そのことはご存じでしょう』
「・・わかってます」
『現場のチームに任せてください。貴方は今すぐにその場から・・』
「でも私は」
『?』
「私は、ギルド戦士の前に、あの子の姉なんです」
「一番近くにいた人を守れないで、何が自分らしくでしょうか」
『・・・』
「私が夢見る自分は、この状況で拓馬を助けます」
『・・つまり規則に背くと?』
「かまいません、大事な物はちゃんとこの手で助けたい。その場から逃げるほど落ちた人間じゃない!」
「コード0111(ゼロスリーワン) 守護 麗子 Mode Exchange」
コンパクトの中心のクリスタルがキランと光る、ピンク色の光を発し、煙のように麗子の体を包む。
煙が晴れ、その光景に拓馬は目を見張った。
いつもは下ろしたままの金髪はハーフツインに、胸元を大きく開けたスクール水着のようなレザーの服、その上から蛍光ピンクのラインが入ったレザーのアウターに袖のみを通し、腰辺りをベルトで止めている。
舞うように着地した麗子は、黒いハイヒールブーツをカタンとリズム良く鳴らし、まっすぐ怨嗟を見据えた。
「チーム 『ACE』サポーター 茉那麗亜見参」
携帯忘れちゃったから二人に連絡は不可能、でも凪沙や心吾が居なくても、私一人で成し遂げてみせる。