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第二話 ギャルの願い②


時刻は午後6時、この時期は日が昇ってる時間が長いために、紫色の太陽は地表より少し上でジリジリと燃えている。

 先刻ここに来た時よりかはいくぶんか熱さもマシになってきたがこめかみを伝う汗は未だ絶えない。ホントはもっと早く帰っていたはずなのに、

それもこれもこいつのせいなのだが・・

 大会は見事、凪沙の勝利で幕を閉じた。イザワの腕はもちろん素晴らしいものだったが最後にコンボを無くしたのが痛手となった。凪沙は最初の乱れがあれどコンボを崩さず、サビのフリックノーツと変化ノーツにも軽やかに対応しながら勝利を収めた。無料券10枚を片手に、意気揚々とまた30分ほど走り回ったせいで俺や凪沙の腕には複数のフィギュアとぬいぐるみでいっぱいである。

「いやぁ、大量大量」

「こんなにとっても家に置き場はないぞ?」

「無けりゃ作ればいいじゃねぇか」

「それを作るのも俺に丸投げするつもりだろ?!」

「しょうがねぇだろ?せっかく取ったんだから飾りてぇし、お前が好きなフィギュアもとってやったじゃねぇかよぉ」

俺は不器用だからUFOキャッチャーなるものが苦手だ。攻略動画とかをみてやってみても結果は惨敗、一つの景品に余裕で5千は掛かってしまう。でも、欲しいものはあるから、その都度コイツにとってもらうのだ。まぁ、その点に関しては、一理ある、、、

「くっそ、、今回だけだかんな」

「やりぃ!」

「心吾も甘いわねぇ、だからこんなわがままが生まれんのよ」

うっ、、それはまぁ自覚しているつもりだ。コイツには言っても変わらないと思っているフシが俺にはあり、なんでもコイツのことをしてしまうのだ。

 たまには部屋の片付けでも任せようか。

なんとも主婦のような事を考えているが、これはいたって切実な願いだ。全世界のお母さんの気持ちを代弁した気がするぐらい。

「それにしてもいい勝負したわぁ、腕鈍ってたけど結果オーライ!」

「あれで鈍ってたのか」

「バケモンね」

「だってよぉ、、初っ端積むアイテム間違えたのはまじで腹たったし、リズムの転調はわかってたのにうまく反応できなくて虹色コンボ逃したし。最悪だっての!」

「、、、そう」

「なに言ってるのかさっぱりわからん」

「けっ、凡人にはこういう楽しさがわからねぇのねあーかわいそ」

「わかんなくて結構、ボカロは好きだけど別にリズムゲーがしたいわけじゃないし」

「俺も、初音ミ◯しか知らないから別に構わん」

「うっわぁそういうの強がりだって知ってるぅ?さすがにあの曲知ったんだから俺の凄さはわかるっしょ?つまりお前らは俺の凄さがわかるからあ・え・て!対戦したくないんだよねぇ?うんうん、仕方ない仕方ない、だってオレ天才だもん」

「よし、これ溝に捨てて帰るか」

「そうね、こいつごと溝に捨てて帰りましょ」

「で、できもしないこと言うなってぇ、つーか心吾お前、それじゃあこのフィギュアも台無しになるんだからな!良いんだな!」

「この期に及んでまだ強がるか!俺ならその荷物だけワープで写してお前だけ溝にも捨てられるんだよ!」

ったく、これがほんとに黄色い歓声を浴びたイケメンか?やっぱり良いのは面だけだ、中身はただのふざけたクソガキ。なんで俺こいつに付き合ってんだろ、たまに分からなくなる。

「つか、今俺たちどこに向かってるわけ?」

そういえば、駅の方へ行くつもりが先頭切って歩く麗子に何気なくついて行っていた。

「私んち」

「麗子の?ならなおさら駅じゃ、、」

「実家よ、この近くなの」

「へぇ」

だから桜崎町を選んだのか。

「えぇ〜、じゃあ俺たちもうよくね?帰りたい」

「少しは言い方を考えろガキ、、麗子は一人暮らししてんだから久しぶりだろ?家族水入らずの空間を邪魔するわけにはいけないし、俺達はここで帰るぞ」

「あー、いやその、どちらかといえば来てほしいっていうか、そもそも親は帰ってきてないだろうからさ」

「え、そうなのか?」

「滅多に帰ってこないのよ、うちの親」

麗子の両親はとある企業に勤めている出張の多いリーマンらしく、月に2週間いるのが珍しいほどの忙しさだそうだ。

溜まった家事などは家政婦さんが消費してくれるらしいが、麗子が来るときは気を使って早めに仕事を切り上げてくれる。親から預けられた御駄賃をテーブルの上に兄妹分分けておいて麗子に託すのだ。

「この前、ギルドで予定表配られたじゃない?それ、あの子たちの誕生日が空いてなかったからさ、ついでにプレゼントも買いに来たってわけ」

なるほど、だからあんな必死に噛みついてきたのか。

「それと俺たちがなんの関係があんの?」

「・・・」

「言えない理由なのか?」

「・・二人の、おもりしてほしいのよ。夕飯は私が作ることにしてるし、心吾はともかく、凪沙に手伝いなんて任せられないし」

「どういう意味だゴラ」

「生活能力のかけらもないニートだからなコイツ」

「そうそう、だからそのお世話をしてる母親代理人の心吾なら信用できるの」

「なったつもりはない」

「そうだそうだ、こんなやつが母親とかあり得ないし、よくて奴隷だコイツは」

「うわ可哀想(笑)、頑張れ奴隷くん」

コイツラ、いちいち俺をいじめなきゃ気がすまないのか、そろそろどっかに飛ばすか。

いつでもお前らは俺に手綱を握られてんのを分かってんのかゲート開けば一瞬だぞゴラ。

「ほら、ここよ」

と、麗子が指差したのは戸建ての住宅街のなかでそびえ立つ黒を基調としたマンションだ。淡くきれいなモダンライトが道を照らし、翠で飾った道は温かな印象が与えられた。

もう一度腕の中の袋を抱え直し、その全貌を見上げると薄い雲がかかった夕焼けと他に、青い被膜のような物が少し見えた。

「これ、防御結界か?」

「お、よく気づいたわね、桜崎のチームはお節介だからよくギルドに頼み込んでこういうのを張ってもらうんですって」

「余計なお世話だな、自分が楽したいだけなんじゃね?」

「まぁ、結界の中に〈怨嗟〉が湧くと色々とめんどくさいしな、俺はあまり好きじゃない」

〈怨嗟〉、それはこの世界のマイナス感情が形を織りなし化け物とかしたもののことだ。人が多く集まる場所ではそういう不平不満が溜まりやすく、結界を張ろうとも中に湧いてしまうことはある。防御結界には人のマイナス感情を浄化する作用もあるが、怨嗟ができるほどのものが上がると、その能力は手も足も出ない。

 そうなると、ギルドやそこの管理者に確認し、装置を切ってもらうという面倒な作業があり、任務に支障が出てしまうのだ。

「大丈夫よ、このあたりはよく桜崎のチームが歩いてるし」

「、、それもそうだな」

それに、凪沙がリズムゲーに勤しんでいる間に街を見渡してみたがこの近くにモヤは上がってなかった。この街は俺たちの管轄外だし、わざわざ出動する必要はないと思う。

そう思って、麗子についていこうとしたとき、ぐいっと後ろに引っ張られた。

「ん?どうした、凪沙」

「おい、なんか変な感じがすんだけど」

「あ?」

「なんか、こう、気持ち悪い感じの、あれだよ」

「あれってなんだよ」

「ちょっと凪沙早くしてよ、もうすぐ7時になるわ」

「もうそんな時間か」

この国には8時帰宅義務という制度があり、〈怨嗟〉が活動を始める前に住民たちは最低でも夜の七時頃には家に帰らなければならない。

「だけどよぉ、」

「お前なぁ、こんな時まで戦いたがりはやめろよ、せっかくの非番みたいなもんだぞ?」

「そうそう、こんなこと滅多にないんだから」

それ以降もでも、だの、だって、だのほざくのでとりあえず部屋で話を聞くと、無理やりマンションの中へと入った。



内装はベージュを基調としたモダンな雰囲気で、高級感のある扉が林立している。外にあったライトとは違って丸いフォルムのライトはじんわりとあたりを照らして、気分が落ち着く仕様になっている。その中で、麗子の実家は4階のスイートフロア、家族住みが多く居住している階層の角部屋だった。慣れた手つきで鍵を取り出し、ドアノブの上にあるディスプレイにかざす。ピピッと機械音が鳴ると、鍵が開いた。

「ただいまぁ〜」

「おじゃましまーす」

「じゃましまーす」

じゃまするなら帰れ、ったく人の家に上がるのに礼儀をわきまえろ。

「おかえり〜!お姉ちゃん!」

「・・おかえり」

「ただいま、春陽はるひ拓馬たくま、元気そうね」

「ふふん!お姉ちゃんは元気のほうが好きでしょ?」

「うん、そうね、ありがとう」

ふわりと笑う麗子は普段とは違う雰囲気で、どこか母性あふれる感じだ。俺達が見ている麗子は麗子という人間のほんの一部分で、2年ほど一緒にいても見たことない一面だった。

「・・姉さん」

「ん?なに?」

「この人、誰?友達?」

「あぁ、コイツは」

そうだ、凪沙まだしも俺は初対面だったか。

「はじめまして、俺の名前は門司 心吾。よろしくな?」

「・・別に、姉さんの友達なんだから関係ない俺とよろしくしなくていい」

「ブフッ」

おい凪沙、今笑っただろ。相手にされないからって笑っただろ。後でしばく。

まさか、麗子の弟とはいえ、ここまでひねくれたヤツだとは。最近の若者ってこわい。

よく見てろとでもいうように肩に手を置いた凪沙は拓馬と向き合う。

「よう坊主、元気だったか?」

「もう小学生じゃないし、坊主なんて言うなガキ大将」

「・・・みたか、心吾。コイツは俺のことを大将だと敬っている、よく教育できてるだろ?」

「いや、どう見ても下に見られてるだろ」

ガキからガキと言われてる時点でコイツの影響力はたかが知れてる。やばい、俺も笑いそう。

必死に笑いを堪える俺に凪沙の手はわなわなと震えてる。おいまて、痛い、肩痛い!折れる!骨折れるって!

「ごめん、コイツ中学に上がってからちょっと生意気でさ、ほら、一応謝んなさい」

おい一応ってなんだ、一応って。こちとら肩持ってかれそうだったんだぞ。主にあのバカガキのせいだけど。

「フンッ」

そっぽを向いた拓馬はスタスタと奥へと歩いていく。本来なら素直になれない思春期のかわいい一面だが、あんな態度を取られた後では少々、いや、大分苛ついてくる。これを毎日味わっている世のお母さんはすごいな。

「チッ、かわいげのねぇやつ」

「まぁ、こういうもんだろ。思春期だし」

「おかしいな、普段はもう少しちゃんと対応するのに」

あんたら何かした?、麗子は不思議そうにこちらに聞く。しかし、俺は初対面だし、凪沙はどうかは知らないが俺たちが何かしたなんてことはないはずだ。

「するかよ、2年ぶりかで会ったし」

「だよねぇ、まぁ、いっか」

基本楽観的な麗子は特に気にする様子もなく俺たちをリビングまで招いた。真っ白なソファと焦げ茶のモダンな棚にはゲームのコントローラーや今人気のSwatchスワッチ本体もあり、おしゃれな雰囲気の中で家族の温かみを感じられた。人の家とは何かと緊張してくつろげないタイプだったんだが、ここはなんだか安心する。なんせ今の家に、家族の名残りが少ない。凪沙は幼馴染でも家族といわれると少し違う枠の気がするのだ。俺の頭の中で凪沙と俺がどんな関係なのかを言葉で表すならきっと、ただの腐れ縁で、人に興味を持たない凪沙がなぜ俺のことを気に入ったことは本人にしかわからないだろう。俺の記憶の中でもあいつが興味を持ったのは俺と、あいつの兄貴、そしてエージローだ。とはいえ、エージローとはもう10年くらい会っていない。別れも突然だったからあいつが覚えていることは百%ないだろう。

「おっ、Swatchあんじゃん」

「それ、拓馬のやつだから使うならあの子に許可どりして、勝手に使うとドつかれるから」

「ドつかれるのかよ」

つまり、拓馬はゲームが好きなのか。なら、距離を縮めるためにもゲームで接触を図ってみるか。と拓馬の部屋へ行こうとしたときピロピロピローン!という間の抜けたシンセー音が鳴る。

まさか、と嫌な予感がして後ろを振り向けば、案の定コントローラーを握った凪沙と目が合った。

「はぁ〜・・」

「いやいや、目の前にゲームがあったら普通、やるだろ」

「話聞いてなかったのか?見つかったらどつかれるんだぞ」

「知るか、俺の前にゲームを置いて部屋にこもるのが悪い。よって俺のせいじゃない、以上」

お前もやろうぜ、と清々しいほどの笑顔で俺にコントローラーを渡してくる凪沙。俺も共犯になれと?冗談じゃない、中1とはいえ男子のパンチ力を舐めたらひどい目にあう。鍛えてるとは言え痛いのは絶対に嫌だ。

「やらん、勝手にやって勝手にどつかれろ」

冷たくそう返せば、その笑顔は抜け落ちるように真顔になって画面と向き合った。感情の起伏が激しいやつだ。前から知っていたけど、自分の思い通りにならなかったらとことん無関心になる。まぁ、直ぐに気が変わって別のことをしだすんだけど。

ここまで来たらゲーム作戦はやめたほうがいいと、俺はソファから離れて、夕飯を作る麗子に手伝うことはないかと聞いて、野菜を切ることにした。

手際のいい麗子に何とかついていきながら、料理を作る手前、俺は拓馬がリビングに入ってくることを危惧していた。せめて、コイツの気が変わるまでなんとか持ちこたえて・・

「おい、勝手に触んな」

くれるわけないかぁーーー。俺は思わず頭を抱えた。麗子も明らかに怒りを覚えている拓馬をみて、あーあと呆れる。

「姉さんから言われなかったのかよ」

「言われた、でもやりたかったし」

「あんた、どこまでガキなんだよ。小学生でもこんなことしねぇし」

「はっ、俺は誰よりも自分に忠実なだけだ、ガキじゃない」

「あぁ?ウッッッザ」

凪沙の言動にカチンと来た拓馬はコントローラーを凪沙から無理やり取り上げてゲームの電源を落とす。

「あっ!せっかくいいとこだったのに」

「もともと俺が進めてたやつだ、勝手にすんな」

「なにお前、あんなにあのクエストやりたかったの?あれまだ初級だし、まさか手こずってたとか?まぁ、初心者なら?しょうがないだろうけどって、、グエッ!」

いよいよ我慢ならなくなった拓馬は凪沙の首根っこをつかんでリビングから恐ろしい形相ででていった。

「生きて帰ってくるんだろうな、あいつ」

「さぁ?絶対無理っしょ(笑)」

ムキになってかわいいなぁ、とさほど気にしてない様子で味噌を溶く麗子。まぁ、今回のは完全に凪沙のせいだし、ボコボコにでもされてしっかり反省すればいい。

そう俺は飲み込んで、おいしそうに跳ねるベーコンを炒め始めた。


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