王子さまは幼馴染の令嬢に弄ばれる
窓の外を見たディアナが声を上げる。
「あら、レアンさまがサイバルさまと手合わせをなさるみたいですわ」
「えっ? それは見ないと」
鍛錬所を見れば、模造刀を手にしたレアンとサイバルが向き合っていた。
「爺やの息子が騎士団長とはね。不思議な感じだ」
「あら、もともとアームストロングさまは騎士団長をやられていたのでしょう? サティさまをお守りするように、お側仕えになったと聞きましたわ」
「まぁ、そうだけどね。ボクにとっては、爺やは爺やだから。不思議な感じがする」
「アームストロングさまが爺やを務めてらっしゃること自体が不自然なのですわ。サティさまは、その辺をよくよく感謝すべきですのよ」
爺やであるアームストロングは、もともとは護衛騎士を取りまとめる立場にいた。
それがサティを狙った事件が続き、爺やとして王子を守ることになったと聞いている。
アームストロング伯爵家は騎士を多く輩出している家であり、爺やの次男であるサイバルが騎士団長になったことは自然な流れであった。
レアンとサイバルの打ち合いが始まった。
ゴツイ印象になったレアンだが、現役騎士団長には遠く及ばない。
2回り以上小さい体で必死に食らいつくレアンの姿に、サティの心は震えた。
止めて、とも思うし、頑張れ、とも思う。
サイバルの掌でレアンが転がされているような鍛錬だ。
サイバルが冷静に状況を見ながらレアンの相手をしている。
王子の婚約者だ。
ケガをさせてはいけない、というのが頭にあるのだろう。
だから騎士候補であるレアンの相手を騎士団長であるサイバルが務めているのだろうが。
サティとしては複雑である。
「サイバルさまは、レアンさまを上手に扱ってらっしゃる。さすがアームストロングさまの息子さんですわ」
「ふふ。昔からディアナは爺やのことが好きだよね」
「ええ。アームストロングさまは素敵なのです」
ディアナは美しい白く長い指をギュッと握り込んだ。
「白髪になっても衰えを知らない筋肉の鎧をまとった体。鋭くも優しさを秘めた灰色の目。男臭い顔立ち。もう、いちいち素敵なのです」
「はははっ。でも爺やはダメだよ。愛妻家だからね」
「そこも含めて、アームストロングさまは素敵なのです。完璧なのです」
幼馴染であるディアナは、爺やであるアームストロングとの付き合いも長い。
この美しくも変わり者の幼馴染は爺や推しなのである。
「アームストロングさまはダメなのですけど。息子さんであるサイバルさまは独身で婚約者もなく、特に好きなお方もいないと聞いていますわ」
「詳しいね」
「調べましたの」
「爺やがダメだから、息子に行くの?」
「だって、サイバルさまはアームストロングさまに似ていらっしゃる上に次男ですのよ。婿を求めるわたくしにピッタリだと思いませんこと?」
「う……うん、そうだね」
気迫がスゴイ幼馴染には逆らわないのが一番だ。
「サイバルさまを婿にとり、アームストロングさまのように育成するのが、わたくしの密かなる野望なのです」
「はぁ?……ぃぁあ、よく分からないけど。分からないけれど、協力はするよ? うん、協力するよ。ボクたち幼馴染じゃないか」
サティは冷や汗をかきながらディアナをなだめるように両手をあげた。
窓の外ではレアンがサイバルに転がされていた。
ケガをさせずに適度に鍛えるサイバルの手腕は流石である。
では、サイバルを婿にと狙う幼馴染の手腕はいかほどのものであるか。
ちょっと考えたくない。
幼馴染の有能さも、えげつなさも、サティは知っていた。
「ええ。協力して頂けると助かりますわ。わたくしも、幼馴染であるサティさまとレアンさまのことを応援しておりますのよ。つきましては……」
ディアナが侍女を振り返る。と、侍女はサッと手提げ袋を差し出した。
何が入っているか分からないがパンパンである。
「こちらをお受け取りいただきたいのです。わたくしの気持ちですわ」
「? ありがとう?」
「これらを参考に、より愛を育んで頂きたいと願っております」
ディアナは手提げ袋を押し付けるようにしてサティに渡すと、再び美しいカーテシーを披露して去っていった。
「一体何だったんだ……」
朝一番から今日一番かと思われる疲れを感じながら、サティは執務室に向かった。