王子さまと幼馴染の令嬢の朝
恋心に振り回されてグッタリと疲れても朝は来る。
お茶会の翌日。
晴れ渡る青空を眺めながら、サティは朝日差し込む廊下を歩いていた。
王子の生活は意外と大変だ。
王族なんだからデーンと構えていればよい、というものでもない。
やる事はわりと沢山ある。
だらだらと怠惰に生きるのはNGだ。
婚約者が既にいるサティにとっては、見合いがてらの舞踏会も必要ない。
社交はもちろん必要であるが、必要最低限でOKなのだ。
これはレアンが社交の場を嫌うことも大きく関係している。
レアンと一緒に出掛けられるなら、婚約者との仲の良さをアピールできるし、それは隣国であるジェットブラック王国との関係も良好であるというアピールにもなる。
しかし、レアンが一緒に出てくれないとなると話は逆になってしまう。
隣国との関係が悪いのではないかと勘繰られるし、婚約者と上手くいってない王子さまに見えてしまうと変なのがわんさか寄ってくる。
レアンが一緒でなければ意味がない。
なので、サティはあえて社交の場を避けている。
そもそも、社交や視察などの仕事は国王である父中心に行われているから問題はない。
サティに割り振られている仕事のほとんどは書類仕事だ。
今年、王立学園を卒業したばかりのサティに出来る仕事は少ない。
雑務と言えるような中身ペラッペラな仕事だが、これもまた重要な務めなのである。
そんな忙しい一日が始まる前、執務室へ向かう途中にひとつだけお楽しみがある。
それは愛しい婚約者の鍛錬を窓越しに眺めることだ。
サティにとっての憩いのひと時であり、毎朝の習慣となっていた。
護衛騎士を引きつれたサティが、いつものように廊下の窓からレアンの姿を追っていると、宰相の娘であるディアナ侯爵令嬢が波打つ金髪を輝かせながらやってきた。
背後に侍女を従えて、いつもと同じ距離まで近付くとディアナは美しいカーテシーをとった姿勢のままピタリと止まった。
「おはよう、ディアナ」
「おはようございます、王子殿下。いじらしくもいじましく、こんな所から愛しい婚約者さまを眺めてため息ついていらっしゃるのね。お変わりなくて何よりですわ」
「キミも変わりないようで良かったよ、ディアナ嬢」
ディアナは宰相であるベックマン侯爵の一人娘であり、サティの幼馴染でもある令嬢だ。
「いつも愛に満ち満ちてらして幸せそうですわね。わたくしには婚約者がおりませんから、羨ましいかぎりですわ」
「まだ婚約者が決まらないの?」
「ええ。愛しくも愚かな我が父は、王家に娘を嫁がせる夢を諦めきれないようですの」
うんざりとした口調のサティに同意するようにディアナは溜息を吐いた。
ディアナはサティたちと同じ18歳。
波打ち輝く金髪と澄んだ青い瞳を持つ彼女は文句なく美しい女性である。
それに異を唱える者などいない。
しかも賢い。
そんな娘を、ベックマン侯爵はサティに嫁がせたいと裏で画策している。
「それはそれは。叶わぬ夢をご覧のようで」
「まったくもって、そうですわね」
「本当に。キミはボクになんて欠片も興味がないのに。宰相にも困ったものだね」
「ウフフ。欠片くらいは興味がありましてよ。もっとも、その興味はレアンさまとセットになっておりますけどね」
ディアナは薄い本の愛好家だ。
それがどのようなモノかはサティは詳しく知らないが、結婚相手としての自分に全く興味がないことは知っていた。
「はぁ~。ベックマン侯爵家ほどの力があれば、いまさら王家と縁を繋ぐ必要もないのにね」
「まったくですわ。お父さまは、御自分の力を甘く見ていらっしゃるのよ。そこは愚か可愛いのでよいのですけど、わたくしの結婚に関してはそうも言っていられませんの。困った事ですわ」
「娘を嫁に出すより、婿をとったほうがベックマン侯爵家にとって有益なのにね。娘好みの男を見つけて家を継がせればよいものを」
「本当そうですわ。わたくし、自分で言うのもなんですけど、やれる子ですのよ」
ディアナは美しい青い瞳を煌かせた。自信に満ちた不穏当な輝きを見て、サティはブルッと体を震わせる。
サティにとってディアナは幼馴染であるのと同時に、頭の上がらない姉のような存在だ。
次期国王をアゴで使う勢いのあるディアナを嫁に出すという形で手放そうとする宰相の気持ちが分からない。
可愛い娘を手元に置いたまま王家を動かせるなら、そのほうが良いだろうとサティは思う。
「そこに早く気付いて欲しいね」
「ええ、まったくですわ」
サティとディアナは揃ってため息を吐いた。
人生とは、ままならないものである。