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舞い込んだ依頼書


 肖像画が完成したのは「女子会」から一週間後のことだった。


義姉おねえ様、ご足労いただきありがとうございます」

「絵が完成したんですって? 早速見てもいいかしら」

「はい」


 エリーゼが「秘密の庭」を訪れたのは完成報告の手紙が届いてすぐのことだった。あまりに早く、そして息を切らしながらやってきたエリーゼの姿を見てローニャは思わず苦笑する。それだけ完成品が楽しみなのだろう。ローニャが絵を手渡すと「まぁ」と驚嘆の声を上げた。


「素敵ね。私の肖像画とはまた違う雰囲気で良いわ」


 手に持てる大きさの画用紙に水彩画で描かれたメラニーの肖像画だ。美しく光り輝く湖を背景に、光が降り注ぐ中で楽しそうに微笑む姿が描かれている。


「義姉様とお話しされている時のメラニー様が一番自然なお姿だと思ったので」

「……そう!」


 エリーゼは肖像画を胸に抱いて嬉しそうにはにかむ。


「まるであの時の情景をそのまま切り取ったようね。素晴らしいわ。堅苦しい肖像画よりもずっと良い!」

「恐れ入ります」

「この絵に合う額を選んで額装するわね。完成したらメラニーに渡しましょう」

「はい。額のことは良く分からないのでお任せします」


 エリーゼはローニャの肖像画を「新しい肖像画」だと絶賛した。今までの肖像画は凛とした姿を描いた油絵というイメージだが、ローニャが描く肖像画はとにかく「柔らかい」。

 水彩画の淡いタッチと人の動きを描いた異色の肖像画は「若い人には受ける」とエリーゼは語った。特に年頃のご令嬢には明るい色味を使った鮮やかな肖像画は魅力的に映るだろうと考えたのだ。


「きっと沢山依頼がくるようになるわね」


 自身ありげに言うエリーゼに「まさか」と笑うローニャだったが、その予感は見事に的中するのだった。



「ローニャ、大丈夫か?」


 机の上に山積みになった手紙に目を通すローニャの横でヴィルヘルムが心配そうな顔をする。メラニーに肖像画を納品してから一か月。何故かローニャの元には各地のご令嬢から「肖像画を描いて欲しい」という依頼がどんどん舞い込むようになったのだ。


「全て肖像画の依頼です。信じられないくらいの報酬を出すと書いてある手紙もあって何が何やら……」


 この状況に一番困惑しているのはローニャ自身だ。一つだけ心当たりがあるとすればメラニーの肖像画だが、それがどう巡り巡ってこのような事態を引き起こしているのか分からない。


「恐らくメラニー嬢が周りのご令嬢に自慢したのだろう」

「メラニー様が?」

「メラニー嬢はローニャの熱心なファンだとエリーゼに聞いたぞ。ご令嬢の間には『流行り物』がある。メラニー嬢が熱心に宣伝した結果、ローニャの絵が流行ったのではないか」


 例えば王都で有名な画家の中にも、初めはなかなか売れずにいたが一人の貴族の目に留まり、その貴族が家に絵を飾って自慢したことから一気に人気が爆発して売れっ子画家になった者がいる。

 貴族同士の張り合いやご令嬢同士の自慢大会は何よりも宣伝になるのだとヴィルヘルムは言った。


「その結果がこれなのですか……?」

「恐らくな。しかし、凄まじい量だな」


 机の上に積みあがった封筒は明らかに一人で捌ききれる量ではない。


「こんなに依頼されても困ります。一体どうしたら良いのでしょうか……」

「確かに、全ての依頼に答えよというのは酷だな。それよりもまず、ローニャは肖像画の依頼を受けたいのか?」

「……私は……」


 封筒の山を眺めながらローニャは言いよどむ。急激な環境の変化に頭が追い付かないのだ。今まで絵画大会で賞に掠りもしなかった作品がこんなにも多くの人々に求められている。正直、嬉しいという気持ちもあるが戸惑いの方が大きい。

 だが、折角自分の絵を求めてくれたのだ。その期待には応えたい。


「本当に欲しいと思って下さっているのなら、とても光栄なことだと思っています。しかし、依頼して頂いた方がどのような方なのか分かりません。ヴィル様に選んで頂くことは可能でしょうか」

「うむ」


 ヴィルヘルムは封筒の山を一瞥すると頷いた。玉石混交、とまでは行かないが依頼人にも良し悪しがある。確かにそれを選別する必要があるだろう。


(不都合な依頼人には依頼が殺到して捌ききれないとでも言って断れば良い。そのような負担は私が担えば良いだけだ)


 立場上どうしても付きまとうしがらみがある。出来るだけそれらからローニャを守ってやりたい。「秘密の庭」という別邸を与えたのもそれが理由の一つだった。


「分かった。依頼人は私が選ぼう」

「ありがとうございます」


 ほっとしたような表情を浮かべるローニャにヴィルヘルムは微笑む。数日後、山のようにあった依頼書はヴィルヘルムの手によって数通の封筒へと姿を変えたのだった。



「侯爵ご夫妻の肖像画……ですか?」

「ああ。私達と縁続きだから身元はしっかりしているぞ。私も何度か会ったことがあるが、今は一線を退いて別荘で気ままに暮らしている好々爺だ」


 机の上に置かれた一通の手紙を手に取ったローニャは早速中身に目を通した。差出人は王家の遠縁にあたるヘルナー侯爵家の当主で、孫娘に評判を聞いて「是非妻との肖像画を描いて欲しい」と手紙を寄越したのだ。


「ローニャが良ければ返事を出そう」

「お願いします」


 王都へ住む孫娘へ会いに来るついでに「秘密の庭」へ足を伸ばすとのことで、返事を出してから少し経った頃に訪問日を知らせる手紙が届いた。


(綺麗な文字。それに何かしら……。青くて綺麗なインクを使っている。一体どんな方なのかしら)


 夫妻を迎える準備をしながら深い青色のインクで書かれた手紙を読み返す。柔らかさを感じる文章が紙の上を滑るような美しい文字で綴られており、思わず額縁に入れて飾りたくなってしまうような「作品」だ。

 手紙の裏に見え隠れするヘルナー侯爵の姿を想像しながら歓待のための食器や茶菓子の手配をした。

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