第十二話:あなたの背景
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朝食は市販の茶漬けを食べた。炊き立ての米にふりかけ、湯を注ぐだけでどうしてこんなに美味しいのだろう。企業努力に感謝した。お徳用を買うと鮭の袋は海苔より少ない。初は少しだけ贅沢な気持ちで鮭を二杯おかわりした。谷原は海苔茶漬けに梅干しをわざわざ叩いて乗せて、にやりと笑ってきた。それは自分の家だからできることでしょ、と内心で言いながら、初は小さなやり取りを楽しんでいた。
「少し羨ましいな」
茶碗を洗っていれば護が呟いた。谷原は猫トイレの掃除と食事と、抵抗を受けながら猫の爪切りに務めていてソファにいる。護が声を潜めていたので初も同じような声量で返した。
「なんだよ」
「俺だって初にパスタとか作ってた。なのに、お前、お茶漬けすごい美味そうに食べるじゃん」
確かに美味しかった。だが、それは炊き立ての米に、熱々の湯をかけた茶漬けだからではないか。行儀悪くしゃばしゃばと箸で口の中に流し込むのも美味の一つだとは思うが、護の文句のつけ方が理解できなかった。護の料理に対し、美味しいと言ったことだってあるはずだ。どういうことか聞こうとしたが、そういう時に限ってなにかしらの音が入る。シャー、と怒った声をあげて猫が谷原の腕から逃げていき、あの体のどこからするのか、ばたばたと音を立てて猫が走り去った。爪切りを手に谷原は苦笑を浮かべ、テレビをつけた。天気予報や朝の番組が流れ、初は海苔の缶に入ったスティックコーヒーを見つけ、それを淹れて炬燵に合流した。ん、と差し出せば、あぁ、ありがとう、そうかそれもあったな、と返された。なんてことはないその音が嬉しかった。
不思議だった。父親とこうして過ごした時間も遠い昔だというのに、懐かしく感じた。兄との二人暮らしは学校やバイトが忙しく、兄が行ってみようやってみようと言うのも断り続け、ただ全ての音を遮断して、自分の殻に閉じこもろうとしていた。休みの日、なにをするでもなく狭いリビングでお互いにごろごろして、気の向いた雑談をしていたことも思い出した。一度だけ、どこか行こう、と思い立った兄に強引に連れ出され、バイクに二人乗りして閉館間際の水族館に駆け込んだこともあった。人が減り、魚の泳ぐ薄暗い館内で、思ったよりも静かな時間を過ごせたのだったか。あの時、ヘッドフォンから聞こえる音楽が遠のいて、ごぽり、ちゃぷりと魚の動きに合わせた水の揺らぐ音色に、ほっと息ができたような気がした。水族館にまた行きたくなった。自分用のコーヒーがないことに文句を言う護をちらりと見て、初は息を吐いた。その音に護が眉を顰めた。
「なんだよ?」
「べつに」
なんだよ、と護が炬燵テーブルに伸びてぶつぶつと文句を言った。ヘッドフォンを耳にあてて聞かないふりをすれば揶揄うような視線で護が初を見ていた。
「仲のいい兄弟じゃないか」
ずず、と緑茶を啜るようにコーヒーを飲んで谷原が笑う。大学生、幽霊、他人。どこを探しても見つからないおかしな組み合わせだというのに、昔からこうであったような安心感がそこにはあった。
もう少しだけこのままでもいいかもな、と初が甘えたことを考えた頃、スマートフォンにメッセージが浮かび上がった。涼子の叔父が出かけた、今がチャンス。昨日の会話を正しく理解しているのかいないのか、がくりと首が落ちそうになったが堪え、谷原に伝えた。こちらはこちらで顔を合わせるのはやはり気まずい、この機会を逃すまいと腰を上げた。
涼子の家までは車で行った。短い距離ではあるが寝ている間に再び雪が降ったらしく、昨日歩いた足跡なども薄くなっていた。初の靴もズボンもヒーターのおかげで乾いてはいたが、雪道を行けばまた濡れるのはわかっている。乾かすのにも時間がかかるので靴を守ることにした。囲いの前に車をつけて日本家屋の中に入った。途端、初はごわごわとした古いラジオのような音を聞いた。
走り回る子供、叱る女、村人を前に頷いてみせる男、そして、榊を手に佇む巫女。いた。
「初くん、もしかしてもう見てる?」
はっとして小さく首を振って誤魔化した。涼子は、まずいことをした、という顔で口元を押さえていたので、大丈夫、と返した。
「場に入って即座に見えるのはすごいが、それもコントロールしないとだめだ。引きずられているようでは、街中でも君は苦労する。今もそうじゃないか?」
「……はい」
谷原と初のやり取りに涼子は驚きつつ、春日が眼鏡を直した。
「後学までに、どうやるのか見ていても?」
「もちろん、どうぞ。涼子ちゃんはお札を握り締めているんだ。春日先生も」
「はい」
昨日渡された木のお札を掌に置き、涼子はぎゅっと握り締めてみせた。初は少しだけ不安そうに谷原を振り返った。
「俺、その場にいる人と話したことはないんです。こう、チャンネルが合わない、っていうか」
「それは君の防衛本能でもあるから問題ない。声を届けようとしてくるものを受け入れてしまうのは問題だから、そこは次の課題にしていこう」
「谷原さんはできるんですか」
谷原は首を振り、護の背中を叩いた。ようにみえた。
「お兄さんの方が得意分野だと思う」
「まぁ、そうですね」
護は初の横に立ち、両手を前に出し段違いを作ってみせた。
「上から下。下から上に向かって手を動かしていくと途中で重なるだろ、この重なった場所が会話のできる範囲。ただ、相手がどの階層にいるのかを探りながら波長を合わせるんだ。初は耳も目も良いから、音を合わせる感覚で、聞こえるところを探してみるんだ」
護の手の動きを真似して、初はゆっくりと右手を上に、左手を下にして、そうっと合わせていった。昔のテレビの調整が合うように音ががさがさと響き、どこかで明瞭になった。ここだ、と初は合わせた手で薄いなにか膜のようなものを、暖簾を開くようにして左右に分けた。さぁっと冷たい風が吹いて涼子が手を握り締めたまま周囲を見渡した。リノベーションされた家ではなく、祖母が居た時よりも昔、ぎしりと畳も軋む古びた臭いを感じた。朝の明かりが急に消え、夜の闇が障子から透ける微かな月明かりで照らされていた。先ほどまでいた居間ではない。涼子は握り締めたお札を確かめるように手の中でもぞもぞさせた。巫女がさっとこちらを振り返り、目を細めた。あの夜の巫女は血と泥に汚れていてよく見えなかったが、同じ人物のように思えた。
「どうか」
はっきりと声を掛けられ、初はごくりと喉を鳴らした。自分から話せるように境界を繋げたのも初めて、こうして目と目がはっきりと合うのも、勝手に見てくるモノ以外では初めてだった。
「どうか――」
何かを懇願する声は突然ざわざわとした雑音にかき消され聞き取りにくくなった。ぐぅぅ、と柱が歪み、天井が押し潰されていく。それだけでも悲鳴を上げてしまう光景で、涼子は思わず初の服を掴んだ。それとは逆の手、握り締めた護符がかさついていくのを感じ、そうっと掌を開いた。お札の貼り付けられた木は早送りのようにキシキシとその身を細くさせ、お札は端から真っ黒に焼け始めていた。思わずそれを放り投げようとしてしまい、谷原が涼子の手を包んで握り締めさせた。いや、いや、と手を火傷するような感覚を得て振り払おうとする涼子を押し留めながら、谷原は叫んだ。
「拍手!」
パァンッ、と初が手を叩いた。ばつん、とも、ぶちん、とも、何かを引きちぎる音がして家じゅうがぐわんと揺れた気がした。涼子は立っていられず座り込み、谷原も尻もちを、初は手を打ち合わせた体勢のまま、呆然としていた。
「……なにがあったのか聞いてもいいかな」
春日だけがそれとは別で混乱を極めていた。涼子はその様子に困惑し、今の、と声を震わせた。
「春日先生は壊滅的にそういう力がないんだ。涼子ちゃんは扱えなくても力があるから、初くんの力に巻き込まれたんだね」
「じゃあ、春日先生、さっきのなにも?」
「自慢かい?」
自慢なんかじゃ、と涼子は手を開いた。そこで護符はぼろぼろになっていて、夢ではなかったことを裏付けられてしまった。涼子の手の中を見た春日は自分の手も開き、おや、と間の抜けた声を出した。そちらも護符が朽ちていて、気づかぬうちに危険だったことにようやく気付いたらしい。顔を見合わせる女性二人を置いて、谷原は立ち上がると初の肩に触れ、何度も名前を呼んだ。五回目でびくんと震えると足から力を失って畳に倒れ、いてぇ、と初が呻いた。
「なにを言っていた? 私には口が動いていることしかわからなかった」
「古いラジオみたいな音がすごくて、断片的にしか」
「それでいい、聞こえたことを繰り返すんだ」
初はゆっくりと体を起こして、こめかみを揉みながら言った。
「誰が、罰当たり、みつけて、持ってきて、足りない」
足りない、と繰り返し、初はリュックからブローチを取り出した。
「テニスボール……足りない、そうだ、足りないんだ。テニスボールってこのくらいだろ、なのにブローチは五百円玉程度の大きさで、半円で」
「削られた」
「そう、だから足りない。罰当たりめ! 持っていって、行商に……、取り返さなく、ては」
ぱた、と鼻血が流れ、畳に落ちた赤に初が、あ、と声を上げた。慌てる涼子の横から春日がハンカチを差し出して初の鼻を押さえた。涼子が大丈夫、私やるよ、とティッシュを持ってきて畳の血を拭った。
「ハジメくん、上は向かないように。鼻血は飲んでもいけない。少しの間下を向いて大人しくしていなさい」
初は小さく何度か頷き、口で大きな息を三回吐いた。谷原は初の背中に置いた指でなにかをするすると書くと、その度に呼吸が落ち着いていく。
「影響を大きく受けたな、少し休んだ方がいい」
柱に寄りかかり、初は何度かハンカチを離して血の量と汚している申し訳なさに眉間に皺を寄せた。必要経費さ、と春日はにまりと笑って、それから真剣な顔をした。
「私は君たちのように感じる力も巻き込まれる力もないけれど、予想をたてることだけならできる。どこにでも愚か者というのはいるし、信じることのできない者はいる。罰を恐れずに目先の利益に飛びつく者だって、伝承の中には多い」
「春日先生は、このブローチが神社から持ち出されて、加工されて、そして戻って来たって予想してるんですね?」
ご名答、と春日はエレガントに膝を少し屈めた。
「それに、もしそのブローチが本当になにかを封じるためのものだったなら、移転にも納得がいくのさ」
「どういうことですか?」
「ここがどういう土地であるかを知る者が、改築を機に捨てたのさ。逃げたんだろうねぇ。残った者たちはなにか責任を感じていたか、鈍くて気づかなかったか……」
なんにせよ、きっと、何十年か試行錯誤して、それでも上手くいかず、捨てたのだろうね、と春日は続けながら初の鼻血を確認した。そう出血量は多くなかったおかげで止まるのも早かったようだ。初は少しだけ喉の方にきた血を飲み、啜りながら言った。
「神社跡に行かなくちゃ。要石だか殺生石だか知らないけど、どうにかしなくちゃ」
「初くん、落ち着け。巫女の霊気にあたっている。冷静に、自分を保つんだ」
「やらなくては、あの場所は」
谷原が初の手を取り、その手で初の頬を叩かせた。初は何度か目を瞬かせ、また小さく、いてぇ、と呻いた。それから何度か視線を巡らせ、目の前の谷原に視線を置くと首を傾げた。
「俺、今なにを」
「よし、戻ってきたな。気分は?」
「頭と、頬が痛いです。あとなんか血の味がする」
すまない、と谷原は苦笑を浮かべて謝り、手を貸した。初は立ち上がって手の中にあったハンカチとそこを染める血にも首を傾げた。
「君が鼻血を垂らしたから貸したんだよ」
「……どーも」
「あの場所が、なに?」
涼子が恐る恐る尋ねれば、初は一瞬きょとりとした後、横を向いた。少しの間目を伏せたり上げたりしていたので護から共有を受けたのだろう。バームも使われていない前髪を掻き上げ、目にかかった髪をよけて初は呟いた。
「黄泉比良坂、この世とあの世の境界……だと思う」
「では、そのブローチは元々、千引の岩だったというわけだ」
「私でも知ってます、イザナギとイザナミの神話の。千引の岩って、イザナギが逃げる時に道を塞いだ岩でしたっけ。そんなのがこんなところに?」
あれって有名な場所ですよね、と涼子が確認を入れると春日は深く頷いた。
「これもまた、私の学術的証明の一部だ。かつて人々は異界と常に接していた、それは日本のどこででもあった事象なのだと。そこに境界があったからこそ、人は上手に付き合っていたのだろう。死者を確実に送るなら、そこに扉があった方がいいと思わないかい?」
「馬鹿が馬鹿なことするまではな」
初はブローチを手に吐き捨て、深呼吸をした。まだわからないことは多い、だが、見たもの、聞いたもの、感じたもので確信を得た。あの黒い穴は境界の一部、その蓋が既に開こうとしているのだ。足りない、だから、楔になるなにかが欲しい。春日の言っていた人身御供という言葉が初の脳裏に浮かんでいた。だとしたら本当に不味いかもしれない。
「嶋貫さん、あの人、化粧ポーチの人、連絡して」
「瑞希? わかった」
なにがなにやらわからないまま、初の剣幕に押されて涼子は通話を鳴らした。一度では出ず、二度も出ず、三度目の正直で電話が取られた。
「瑞希?」
やっと出た、と涼子が笑えば、電話口からは別の声がしていた。瑞希の母です、と名乗るその人は昨日体調が悪いと連絡を貰いアパートに来たら、そこで瑞希が高熱を出して倒れているのを見つけ、慌てて救急車を呼んだと言った。あなたのことはいつも瑞希から聞いています、今は少し大変なので、ごめんなさいね、とやんわりと切られた電話に手が震えた。真っ青な顔で振り返った涼子に状況は察したのだろう、初は目を逸らした。涼子はふらふらと初に近寄り、服を掴んで揺らした。
「どうして?」
「俺が安全地帯、谷原さんの結界の中に居たから、呼べなくて、次に近いあいつのところに向かったんだ。元々、真下まで行ったって言ってたし、だから、やばかったんだ」
「瑞希、死んじゃうの? 嘘でしょ?」
初が無言を貫いていれば涼子は狂乱した。
「助けてよ! 友達なの! 瑞希は春休みに、旅行に行くんだって言ってたんだから!」
涼子ちゃん、と谷原に肩を掴んで宥められながら涼子はぐすぐすと泣き始めた。
「おい! なにしてる!」
涼子の叔父が用事から戻り、谷原に肩を支えられて泣いている涼子に気づき、怒鳴り散らした。
「谷原! お前!」
「誤解だ、これは」
「涼子に近づくなと言っただろう! さっさと出ていけ!」
「おい待て、落ち着いて話を」
どん、と谷原の肩を押して追いやり、涼子の叔父が姪を守るように立った。庇われて驚いた涼子は涙で歪んだ視界で谷原の困り顔を見た。
「ちが、叔父さん、私これは」
友達が呪いで殺されそうで、と思わず言えば、さらに真っ赤になって叔父は叫んだ。
「谷原、お前は昔から変なことばかり言って、姪を怖がらせるだけじゃなく、次はなんだ! 呪い!? 新しい宗教でも始めたのか! 太一だって美津子だってお前の口車に乗せられて、死んだんだ! 俺の家族に関わるな! この、疫病神が!」
谷原と、その隣で初も同じような顔をして少し俯いた。春日はまぁ、まぁ、と叔父の背から涼子を引き上げた。
「リョウコくんは今、友人が危篤だという連絡をもらったんですよ。突然の病の発症に、まるで呪いのようだとご家族から言われて、ショックを受けてしまったんです」
叔父の眼差しに涼子は、そうなの、と小さく返した。それでも谷原を睨みつけ、叔父は譲らなかった。
「俺の姪に近寄るなって言ったはずだ、出ていけ」
「そうするさ。悪かったよ」
両手を上げて降参の意を示し、踵を返す谷原に初はついていった。初くん、と叔父に呼ばれ、振り返りながら大丈夫です、と言った。
「春日センセの助手ですから、最後まで話だけは聞かないと。……レポートもあるんで。センセ、あとで……共有する」
「すまないね、頼んだよハジメくん。申し訳ない、いろいろご事情はあるようですがこれも私の仕事でして、谷原さんをお呼びしたのも私で……」
背後で春日が上手く場を取り繕うのを聞きながら、初は谷原とその家を出ていった。門の前に停めた車を見て涼子の叔父は慌てて飛び込んできたのだろう。玄関には脱ぎ捨てられた長靴と、あの着物の女性が三つ指をついてまた深々と頭を下げていた。どうか、お守りください、というその言葉の真意を読み取れないまま、初はこちらを待つ谷原の下へ向かった。
暫く無言で車は走らされた。昨日通った道と同じ、車の轍の後をなぞるように。昨日と違うのは少しだけ運転が荒いことだ。ここから徒歩というところで車を停め、谷原は深く息を吸って、独り言ちた。
「私には、母という理解者がいたからまだましだった。それでも、他の子供にはない力があるんだぞ、と天狗にはなってね。あいつが言っていたとおり、太一も、美津子も、唆して、死なせてしまったのさ」
慰めの言葉も出てこず、初はサイドミラーに視線を移した。谷原が涼子を気に掛けるのは、その過去の贖罪でもあるのだろう。ふー、ぱちん、と頬を叩き、谷原はごそりとハンドバッグを手にした。中を開けてみせてくれ、初はそこに涼子たちに渡した護符が入っているのを確認した。
「ぶっつけ本番、ってやつだな、初」
後部座席から身を乗り出して護が言い、声を掛けられた初は頷きながら首元のヘッドフォンを撫でた。黄泉比良坂だとか、千引の岩だとか、そんな伝承があったとして、イザナギでもないのに穴が塞げるのだろうか。どうすればいいのかわからず、初はぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜた。
「落ち着けよ」
「落ち着いてられるか、危ないってわかってんのに、今さっきまで俺、あいつのこと忘れてたんだ」
「君は本職じゃない」
谷原の言葉も尤もだ。ただの大学生だ。でも、引き受けたんです、と初はゆっくりと顔を上げた。
「兄貴も、見つけたい。……俺、どうすればいいですか、なにができるんですか」
「護くんなら、君に教えられるんじゃないか?」
問われた谷原は護を見た。幽霊の兄は眼鏡の奥でにこりと笑い、小さな弟を相手にするように首を傾げた。
「初、ピントを合わせるんだ。巫女が死んだ時じゃなくて、仕事をしている時に」
「……やってもらうってことか?」
「だって俺たちじゃできない。谷原さん言ったろ、本職じゃない」
初は兄と谷原を交互に見て、小さく頷いた。護は初の首元を指差し、水晶を出させた。
「それ使え、さっきみたいな負担が軽減されると思う。パワーストーンってやつだからさ」
「これどこで手に入れたんだよ」
「それはまた今度、霊障によって高熱、瑞希ちゃん本当に不味いと思うぞ」
谷原と顔を見合わせ、車を降りた。するっと護も車を降りて、山を見上げた。昨日よりも、ずぅんと重い空気を感じ、初は息を飲んだ。横から谷原が一応持っていなさい、と護符を渡してくれ、初はそれをポケットに突っ込み、左手で握り締めた。右手には首にかけてあった水晶を握り、息を吸った。
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