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境怪異譚<さかえかいいたん>  作者: きりしま
一章:はじまりの怪異
11/16

第十一話:どこからきたの

いつもご覧いただきありがとうございます。


 叔父に山向こうの神社に行きたい、と言えば首を傾げられた。今まで一度も行きたいと言わなかった場所へ行こうという姪っ子に、不審そうな視線が注がれた。どうして、と尋ねられた涼子はたばこを補充して元気になった春日を引っ張った。


「春日先生のフィールドワーク、手分けすることになったの。私もこれでレポートを書くの」

「初くんはどうした?」

「谷原のおじさんと会って、違う場所を引き受けてくれるって」


 谷原? と叔父は心配そうに涼子の肩を掴んだ。和解したと伝えれば無理強いされたのではないか、と叔父は怒りを露わにし、違う、と宥めるのに少し時間がかかった。春日はたばこを味わい煙を零しながら言った。


「民俗学のフィールドワークでは、現地の方にいろいろと質問やインタビューをするものなんです。リョウコくんのことを思って、ハジメくんが引き受けてくれたんですよ。あの子は私の助手なのでこういう作業も、人様のおうちにも慣れていますから」

「しかしですねぇ、先生」

「実のところ、滞在許可は頂戴したものの、私は授業も残っているうえにレポートを受け取って読んで評価をしなくてはならないので……。分担作業は必須なんですよ」


 遅れるとリョウコくんの単位にもかかわる、と呟く横で、涼子が何度も頷いて叔父を見上げた。まだ納得はいっていない様子ではあったが、叔父は涼子の単位を優先してくれた。

 迎えに来たのと同じ車で雪道を行く。山とはいえある程度道は整備されており、山一つ向こう、隣の村まで時間はかかれども安全に行くことができた。神社には駐車場もあり、新年になると穴場としてそれなりの人数が初詣に来るらしい。車を降りながら行ったことがないと言えば、うちはおばあちゃんが行きたがらなかったから、と苦笑が返ってきた。祖母はなにかを知っていたのだろうか。それとも、谷原同様になにか言い伝えがあって、それを守ったのだろうか。

 新年は過ぎていても参拝客はまばらにいて、人けがあるのはホッとした。春日はきりっと表情を引き締めて振り返った。


「早速ですが、社務所にお邪魔してみましょうか」


 迷いなく進む春日に涼子はついていき、叔父は困った顔で頬を掻いた。そんなに時間はかからないと思う、待ってて、と言い、涼子は前を向いた。

 建て直しがされたからか綺麗な神社だった。巫女も見える範囲で二人、おみくじやお守りを手渡す巫女も三人と人は十分にいた。社務所のドアを開き、ごめんください、と堂々と声を掛ける春日には驚いたが、こういったことにも不慣れなので任せることにした。奥からエプロンをつけた婦人が現れ、小さく首を傾げた。


「あら、いかがいたしました?」

「突然お邪魔してしまい申し訳ありません。わたくし、民俗学を教えております春日と申します」


 さっと名刺を取り出して両手を添えれば、勢いに押されて受け取ってもらえた。大学名と准教授、名前が書かれた名刺は一応の箔があり、あらまぁ、と女性の感嘆を引き出した。先生がなぜここに、と言いたげにまた小さく首を傾げる女性を、涼子は素直でかわいい人だと思った。


「実は、来期の授業でこちらの土地、風習について授業で取り上げようと考えておりまして。下調べにお邪魔しているんです。お忙しいところ恐縮ですが少しお話をお伺いできませんか?」

「はぁ、浅学なもので、民俗学というのをあまりよくわかっておりませんが……」

「そう難しいものではありませんよ。たとえば、今あなたが着けていらっしゃるエプロン、古代エジプトの時代からエプロンの存在は描かれていますが、今日は省略しますね。日本では近代、着物の袖を守り、汚さないように包む形だったものが、現在に至るまでに洋服に変わって袖を守る必要がなくなった……、そんな物や伝承を、時代に沿って変化していく様子を難しく言いまわしたのが、民俗学です」


 まぁ、と笑う女性に釣られて笑いながら、この先生本当に口がうまい、と涼子は横目に見遣った。広い玄関、膝をついていた女性は少しだけなら大丈夫かと、と立ち上がりスリッパを差し出してくれた。応接間になっている部屋に案内され、廊下にスリッパを残して座布団に座らせてもらった。お香の優しい香りがしてすぅっと息を吸った。隣のヤニ臭さが混ざって多少残念ではあるが、ここに灰皿がないことに安堵した。待たされる時間もあったので、涼子はそっと尋ねた。


「先生、いつもこんなぶっつけ本番でお話を聞きに来てるんですか?」

「事前にアポを取る方が多いとも。今回もこれでだめなら日を改めるつもりだったさ。優しさに感謝だね」


 しれっと言う春日に深く追求するのは面倒になった。また少しの間を置いてするすると丁寧に歩く足音がした。さっと顔を出したのは神職の服を身に纏った男性だった。


「お待たせしました。大学の先生だとか。神主をしております三崎と申します」

「春日と申します。突然お邪魔して申し訳ございません。お忙しい中、こうしてお時間をいただけたことに感謝いたします」


 名刺を差し出し、これはどうもご丁寧に、いえいえ、どうぞ、とやり取りに立ち上がっていた二人を座布団に促し、神主もゆったりと、姿勢よく座った。その座り姿だけでも気持ちが引き締まるようだった。それで、民俗学でしたか、と神主から切り出してくれて春日は軽く民俗学とは、に触れてから本題を切り出した。


「よくある話として聞いていただければ幸いですが、山村では土地の境界や川の所有権など、また、村同士の揉め事の際の様々な仲介役として地主と同様に寺社があることも多いと認識しています。伝承などにより村二つに分けて神社を持ち、妖怪を頭と体に分けて封じた、という面白い話もあったりします」

「あぁ、確かにありますねぇ。なるほど、ここに移転した際の話を聞きたいのですね?」

「すごい、よくお分かりですね! 実は大学で講義をしている際、学生から自身の地元の伝承や言い伝えなども聞くことがありまして。興味深く感じ、こうして出向いてきてしまいました」


 なるほど、なるほど、と二人が笑い合う。しかし、と神主は腕を組んだ。


「こちらに移転した理由としては、そういった面白い理由などなにもなく、単純に手入れがしにくく、改築するにも山崩れが起きそうだという、地盤の問題の話だったんですよ」


 前の場所は御存じですかと問われ、山向こうの村の、山の中と聞いたと答えれば神主はおおよそ、それであっていると頷いた。

 曰く、建て直しをするにも周囲の木々を切り、根を退け、地面を均して建てねばならない。古い誰かの見識で、そこは地盤が脆くなっているためこれ以上手を入れてはならない、という話があり、こちらに移したのだという。山に詳しい者の言であればこそ、山を恐れる人々が従ったのだろう。あり得る話だと春日は相槌を打ちながら考えた。測るための確たる道具がなくとも、昔からそこに住む者は過去の山崩れや土砂災害で弱いところをよく知っている。とはいえ疑問が残る。

 ならばなぜ、そんな地盤の脆い場所に最初に神社を建てたのだろうか。神社を建てるには様々な理由があるが、分霊や曰くがあって鎮魂するためなども挙げられる。元々の成り立ちについて問えば、山の神を崇めるものだと言い、ヤマツミなのだという。大山津見神(オオヤマツミノカミ)大山祇命(オオヤマツミノカミ)、名の書き方は二通りある神ですね、と春日が言い、神主は満足気に頷いた。どこかからの分霊というわけではなく、昔からこの土地で神霊を祀り育ったものだというので、まさしく民間信仰から成り立ったと言っていい。災害があり、山の怒りを鎮める、亡くなった者の魂を鎮魂するなどの目的から、やがてその在り方が神格化されたのだろう。


「山の事故を防ぎたい、登山をする方などが多くいらっしゃいますよ」

「素晴らしいことです。山での事故は人の努力だけでは防げないところもあると聞いたことがあります」

「そうですね、もちろん、人間が細心の注意を払っていただいてこそです。そこにほんの少し、山の神様の加護が得られれば、足を取られることも減りましょう」


 春日も深く頷き、理解を示した。そうだ、と思い出したように春日は尋ねた。


「差し支えなければこちらの御神体についてもお聞かせ願えませんか。銅鏡や勾玉、由緒あるものなのでしょうか」

「あぁ、いえ、もっと古典的ですよ。テニスボールくらいの石でしてね」

「ほう! それはまた奥ゆかしい。土地を守る神への祈りに、古来より人は形を求めますからね。きっと何某かの逸話があるのでしょう……、いいですね、学生への講義の切り口が見えた気がします」


 涼子は春日が本気で授業に取り入れるのではないかと思うほど、その姿勢は真剣だった。だからか、神主も快く御神体である石の逸話を話してくれた。

 曰く、雷が落ちて大地が割れ、その石だけは無傷であったことから大事にされていた。

 曰く、その石の下から水が湧き、水不足に悩んでいた近隣の村が救われた。

 曰く、その石に触れて無事の帰還を願えば、どんな経路で山を行っても戻ってくることができた。

 一つ一つは小さく眉唾でも、重なってくれば真実味を増す。そうした人の想いが積み重なって神格は生まれるものでもある、と春日は考えている。

 春日は質問を重ねながら小一時間も話を聞き、時計を見て礼をした。突然押しかけた手前、これ以上は申し訳ないと言い、話を一度そこで切り上げて立ち上がった。次回は事前にアポイントを入れてお邪魔させていただきたいと頼めば、いつでもいらしてください、と優しい言葉をかけてもらえた。連絡はこちらへ、と名刺に書いてあった社務所の番号を指定され、春日もまた、名刺の連絡先は大学の教務課に通じるもの、自身のメールアドレスも記載があるので他にも逸話があればお願いします、と丁寧に依頼をして社務所をお暇した。途中婦人から出されたお茶以外にも、体を温めていってください、と玄関で引き留められ、甘酒もご馳走になって社務所を出た。


「いやぁ、いい人だったね。名刺があるとはいえ、普通もっと疑われるものなのだがね」

「そうなんですか?」

「そうだとも。名刺なんていくらでも偽造ができて、名を騙ることができる。いわゆる自称の紙でしかないのだよ」


 身も蓋もない言い方に困惑したが、春日は一枚涼子に差し出しながら言った。


「だからね、私は大学にきちんと言っておくのさ。私宛の連絡がきたら、丁寧に対応してほしい。そして、話を聞く際は誠心誠意、相手の言葉を聞く」

「春日先生、ちょっと見直しました」


 もっと私に優しくしたまえ、単位に響くぞ、と春日は名刺を取り上げて歩き出し、涼子はその後を追いかけた。


「でも、結局移転理由はなんとも言えないものでしたね」

「いや、とんでもない理由だと思うけれどね。詳しくは戻ってからにしよう、叔父さんもお待たせしているだろうからね」


 春日は火を点けずにたばこを噛んで難しい横顔を涼子に見せた。戻りがてらおみくじを一度引いて、春日は小吉、涼子は末吉を引いて叔父のところへ合流した。


 帰りの車の中でも春日はいい話が聞けたと上機嫌に振る舞い、叔父に何度も礼を言った。途中初からの連絡で今夜はそのまま谷原の家に泊まると改めて方針を受け取り、それを伝えた。涼子が関わらなければそれでいいと言いたげに叔父はわかりました、と答えた。男の子がいた方が食事の減りが楽しいんだけどなぁ、とぼやいていたので、あれで叔父は初を気に入っていたのだろう。涼子ちゃんの彼氏だしね、と付け加えられ、違う、と涼子は慌てて否定をしていた。

 無事に叔父の家に帰宅し、お茶を淹れて一息つくことにした。仕事の邪魔をしたことを謝り、涼子と春日は二人で部屋に引き籠った。初に谷原の家に戻って一息ついたら連絡をとメッセージを残しておけば、夕食後に話せる、と連絡がきた。涼子と春日は軽くうどんを食べ、風呂を済ませ、部屋で準備万端に待った。

 

 初は谷原と共に調査を切り上げて雪の上を滑るように車まで戻り、凍傷になるからと靴を脱いで、タオルで包みなさい、と言われるままに足を摩り、歯をがちがちと震わせていた。

 暖房は一番強くいれ、初の体温を下げないように注意された。家に着けば蛇口から湯を出して張りながらすぐに入るように言われ、じんじんと痛む足先から湯が溜まり、肩まで湯が増える頃には震えは収まっていた。最後に首から上をぶるりと震わせ、初はようやく全身の感覚が戻ってきたことに息を吐いた。軽い霜焼け程度で済んでよかったと思うべきだろう。

 しっかりと体を温め、用意してもらったセットで風呂を済ませ、初は真っ赤になった足先を確かめながら借り物の服を着た。ふかふかのフリース素材のパジャマ、聞けば弟嫁が泊まり用に置いていたものらしい。申し訳なく思ったが、上も下ももこもこしていてとにかく暖かく助かった。厚手の靴下を履いて炬燵に体を突っ込んでじりじり暖を取っていれば、猫に乗られて不思議な感覚を得た。炬燵布団が目的なのだろうが、ちょうど胸のあたりにのしりと体重をかけられ、毛づくろいを始める姿が可愛い。そうっと毛皮に手を置けば弾かれなかったので前後にゆっくりと撫でた。柔らかい毛が気持ちよかった。


「どうだい、温められたかい?」

「はい……それはもう……寝そうなくらい」

「簡単で悪いがインスタントラーメンを作った、これで胃も温めてから寝ればいいさ」

「いただきます」


 二人分の丼が置かれ、ぺちっと手を合わせた。インスタントの味噌ラーメンにニンニクのチューブ、溶き卵が入っていてスタミナラーメンのような味になっていた。上にかけてあるごま油が熱を逃がさず香りを添えて、ずぞっと啜り、口の中で息を入れ、ハフハフと熱と格闘していればニンニクの良い匂いがした。しょっぱさがじんと体に沁みるような感じでぐっとくる。冷めないうちにともう一度啜る。美味しくてあっという間に食べきってしまった。

 食後のお茶はゆっくりといただき体の緩急がついた気持ちだった。後片付けをしようとしたが、谷原は足をもう少し休めておきなさい、とそれも引き受けてくれた。心遣いが有難かった。

 初のスニーカーはヒーターの前で乾かしていて、雪で濡れたズボンもその上に干してある。下着自体はリュックに入れてあったので問題なかったが、明日の活動に向けて靴とズボンの復活はしてもらいたい。本当にうとうとしてしまっていたが、スマートフォンの震動で顔を上げる。着信相手が春日であるのを見て、やらなくてはいけないことを思い出した。のそりと炬燵から体を起こし、新しい緑茶を持ってきた谷原と目が合った。


「連絡があったかな」

「はい、向こうも発見があったって言ってます」


 そうか、と炬燵に足を潜らせて谷原は緑茶を差し出してきた。ぺこりと首を揺らし受け取って、指先を温める。雪に縁がなく、舐めていたとようやく実感した。


「幽霊は寒くないって本当みたいだ」


 隣で笑う護を睨み、初はずずっと茶を啜る。少し渋いが誰かが淹れてくれたものだというだけで、とても美味しかった。

 いつでもどうぞ、と春日にメッセージを送りタイミングを任せ、初は顔を上げた。


「あの穴、なんだったんですか」

「わからない、ただ、塞がなくてはならないものだと思う。護くんはどう感じた?」

「あれは一発で死ぬでしょうね」


 一度流れれば止まらない濁流に足元を飲まれたような気分だった。拍手(かしわで)が遅ければどうなっていたのか考えるだけで恐ろしい。嫌な経験はしたものの、一つわかったこともあった。あの場所に死体はもうない。あの人は少しの間生きていて、どうにか這い出てきたのだ。ではどうなったのか、というのを谷原は初が風呂に入っている間に村役場で調べてきてくれた。あれこれと気のつく人だと思い、尊敬の念を抱いた。

 その話をする前に春日から着信があった。グループではなく個人で掛かってきたのは、ここにいない瑞希の紹介や説明を省くためだろう。向こう側でスピーカー、充電コード、と女性陣がごそごそやる音を聞きながら、初もスピーカーにして充電コードを持ってきて刺した。どちらも一瞬落ち着きを待ってから、春日が、さて、と切り出した。

 初たちの話は説明下手な男二人なので漠然としていたが、こういう時、教鞭を執る春日の説明力はさすがだった。自身がそれを手にすることはできなくとも、憧れと好奇心で得た知識は春日に言語化の力を与え、初が見てきたものは涼子にも伝わった。

 次いで春日の話は端的であった。場所を変えた理由と、御神体、各地の伝承で引っかかるものがあると言った。


「御神体が石、これは大きなポイントだと思うね。たとえば地震を抑えているという要石、かつて九尾の狐を封じたとされる殺生石、石というものは何かを封じる暗示であることが多いのだ。その重みに人は安心感を抱くのかもしれないけどね」


 実際、目には見えない有毒ガスを封じるために置かれた石もある。向こうで、へぇ、と涼子の声が聞こえたので調べたのだろう。谷原はその話に首を傾げた。


「石、石か、初君、あのブローチ、もしかして石なんじゃないか?」

「……もしかして、その要石とか、殺生石の役割だったのがこれってことっすか? だとしたら、榊の音もわかりますけど、これ元々神社にあったってことですよね」

「どうしてブローチなんかになったんだろうね」


 護がぽつ、と呟き、そこだ、と初は思った。護の言ったことを口で繰り返しながら考える。なぜ重要なものがブローチに形を変えていたのか。もしこれが本当にそういった類のものであれば、移転した神社の意味とはなんなのか。明確な答えにならず、初は谷原を見遣った。


「そういえば、村役場はどうだったんすか」

「殺害されたとは言えないのでね、亡くなった女性で調べてみたが、見つからなかった。春日先生の言うとおり流れの巫女だったのか、なにより問題は、年代がわからないことだ。昔のことなら戸籍もがばがばだっただろうしね」

「……死んだの、昭和二十二年の民放改正より前だったってことっすね。流石にその後は、厳しくなったはずなんで、その前なら残ってなさそう、です」


 お、と谷原は目を見開いて初を見た。向こう側で初くんは法学部なんです、と涼子が自慢した。春日はスマホをごそ、と音を立てて手に持った。


「物は、元の場所に帰ってくるという」


 突然の切り出し方に首を傾げつつ、春日の言葉の続きを全員が待った。


「タニハラさんの家系がそうであったように、見て、不味いと思ったものを、逆に物々交換で外に出した者もいたのではないかな。その先で加工され、ブローチになり、巡り巡ってこの村に、正しくは神社に戻ってきた。そう考えると浪漫じゃないか?」

「浪漫かどうかは置いておいて、あり得ます。特に昔は村中の結束も強かった、もしよそ者が巫女として居ついていたのなら、その持ち物などを遺品整理の際に交換に出した奴はいると思います」

「鎮座してると思っていた御神体が、もし死んだ巫女の懐や持ち物にあって、それがこんなツヤツヤしたものなら」

「……お金になる、よね?」


 涼子が最後に言い、皆が唸った。どういう経緯でそうなったのかはわからないが、ある程度確信を持っていいような気がした。巫女が持ち歩いた理由も、本当に持っていたかどうかも不明。そもそも巫女が居ついた理由もわからないながら、このブローチが何かしらの要であることは間違いないだろう。


「それにしたって、俺も聞き間違えたけど、榊を振るうシャッシャッて音、鉈持ったババァに置き換えるかよ」

「う、うるさいなぁ! そんなの知らないよ! 置き換えたのも私じゃないもん!」


 向こう側で涼子が叫び、なんでもないの、大丈夫、レポートの相談で、と続けていたので叔父に声を掛けられたのだろう。春日がすみませぇん、とのらりくらり言う声も聞こえ、脱力した。じゃあさ、と涼子は春日の持ったスマートフォンに顔を寄せたらしい。音が近い。


「そのブローチ、神社に戻しに行けばいいのかな?」

「そう簡単ではないよ。戻すにしても手順や儀式は必要になる。ただ、どうすればいいのか」

「手順とか儀式って多いってこと?」


 こほん、と咳払いの後、春日が説明をした。


「たとえば、悪いものを封じるのか、良いものにお怒りを鎮めていただくのか、はたまた人が触れてはならないものに触れてしまったがゆえの解呪なのか、やり方はいろいろありそうじゃないか?」

「そう聞くと、そうですね。おじさんが言ってた理由がわからないと危ないって、そういうこと」


 よしよし、と言った春日の声のすぐあと、やめてください、と涼子が逃げる声がした。またなにかセクハラまがいのことでもしたのだろう。


「ブローチを持っていって、もう一回見るのはどうですか」

「下手な真似をしたら、次こそもっていかれるかもしれないんだ。君だって見れる、戻れるができるだけで、身を守る術もまだないだろう。あれは、危なかった」


 言葉に詰まった。谷原の言うことも尤もだ。護が叫ばなければ拍手(かしわで)を打てていただろうか。四人の間にじっと沈黙が下りた。


「話を聞いてみたらいいんじゃないか?」


 護の声は初と谷原にだけ聞こえる。視線を注がれて護は肩を竦めた。


「ほら、涼子ちゃんの叔父さんちにいた、巫女さん。背中ばっかで顔が見れなかっただろ、同一人物かわからないけど、もう一度見てみるのはどうだろ。教えてくれる可能性はあるんじゃないか」

「確かに、異界と繋ぐ練習にもなるだろうし、さすがに神社跡よりは危なくないだろう。……問題は、私がお邪魔できるかどうかわからないことだ」


 涼子を怖がらせたことで涼子の叔父に警戒されているらしい谷原は眉を掻いた。友人ではあるのだが、涼子が絡むと姪可愛さに天秤は当然の傾き方をするようだ。真夜中に坪庭に物を埋めたり、回収したりとばれたらいろいろ面倒そうなのだが、正面切って家に行くのは難しいというので初は首を傾げた。


「今日は谷原さんちでお世話になるんで、明日嶋貫さんの叔父さんちに送るって名目で来てもらえばいいんじゃないですか? お札を埋めてたのがバレる方が不味いっすよ。曰く付きのあれこれにも気づいてなさそうだし」

「こういう時は素直に正面からが一番揉めないからねぇ。私が話を聞きたい、という名目でも問題ないでしょう」


 谷原は少し悩んだ後、理由はお任せします、と言って腕を組んだ。なーぉ、と猫がその膝に乗った。顎の下をくすぐればぐるぐると喉を鳴らして顔を反らしていく。満足気にどしりと座り込んで毛繕いを始めるのを眺めつつ、初はぐらりと睡魔に襲われた。


「いろいろ力を使い始めて疲れたんだろう、客室があるからそちらで休むといい。春日先生、涼子ちゃん、今日はこのくらいで」

「えぇ、ではまた明日」

「叔父さんには話しておきます。初くん、おやすみ」


 おやすみ、といくつかの声が聞こえ、それにくすぐったい気持ちでうん、と返した。結局、炬燵でそのまま眠ってしまい、起きてみれば肩に布団が掛けられていた。



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