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雨上ノ詩  作者: stenn


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現実

 目覚めると現実があった。大して楽しくも無い、くすんだ現実はいつだって色が無い。見上げる天井は暗くここが何処なのかよくわからない。叩きつける様な雨の音は遠く、この部屋が奥まったと所にあるように思わせる。


 立ち込める香は酔う様に強い。それに紛れる様に匂ってくるのは強い酒の臭いであった。


 ここは。


 ぱちぱちと目を瞬かせ、私はゆっくりと身を起こしていた。しかしながら身体は酷く重い。手足は微かに痺れており、ジワリと毒が進んでいるのが分かった。薬を飲んでいないのだから仕方ないのかも知れない。


 薄い光源は蝋燭。それに照らされた掌を何度も開いて閉じて。まだ動くことを確認して溜息一つ。足は――どうやらいつも以上に上手く動いてはくれないらしい。


「起きたか――」


 低い言葉に私は視線だけを向けた。


 そこには一人の男が座っている。薄い着物を着流して酒の入った椀を口元に傾けていた。座っててるため分からないがその身体はかなり大きく、筋肉質。見える肌は筋肉の鎧を来ているように見えた。


 黒い――光が灯っていない歪な双眸が私を捉え、言いようのない不安がそこに落ちる。


 私はぐっと不安を飲み込む様に喉を鳴らした。


「伸大将――」


 男は『伸 語楊』と言う。名前だけは知っているものは市井のものでも知っているだろう。この国の英雄と言われている男であった。北方蛮族の侵攻を見事その采配と武を持って制し国を守ったことは有名だ。武は国随一。その力を持って禁軍総指揮官――大将。軍のトップに上り詰めた男であった。


 ただ……それは先代皇帝の話だ。


 それにと私は伸大将に目を向けた。


「なぜ、生きているのか。という顔だな?」


「……九年前。すべて燃えました。すべて先代皇帝に関わるものは処刑されました。何も知らぬ小さな下女でさえも――」


 そう、聞いた。私自身が経験したことではないが、地獄であったと――生き残った者は言っていた。聞きたくはない事。だけれど聞かなければならない事だったと思う。誰もが聞かなくていい。そうは言ってくれたけれど、私だけここに生き残ったという罪悪感があった。


 もしかしたら私は――罰せられたかったのかも知れない。


 どれほど心を痛めても鈍痛に変わっていくばかりではあったが。お陰様と言うべきであろうか。悲しいことに今では心すら動きにくくなってきている。


 ふっと息を零す音にいつの間にか下げていた視線を上げた。嘲るような――どこか侮蔑を孕んだ笑みがそこに浮いている。そんな様に見えた。


「は。お前こそ、なぜ生きている? 皇帝ですら、あの時代に仕えていたものは誰も彼も死んだというのに。なぜ、あの時『死んだ』お前は生きているんだ?」


「わたし、は」


 なぜ。と聞かれれば答えはない。ただ生かされている身であり、命を切り崩しているだけだ。いずれ――遠くはない未来にそれは尽きるのだから。


 掌を見つめれば軽く震えている。それを潰すように握りしめていた。


「やはり、龍の加護か」


 言い淀む声に被せる様にして言葉がぽつりと落ちた。なぜだかそれは微かに喜びを孕んでいて私にはその意味が分からない。顔を見れば歪で。笑っているのか悲しんでいるのか。怒っているのか――よくわからない表情に軽く恐怖を感じて息を飲んでた。


 軽く視線を逸らしてから言葉を紡ぐ。


「……確かに。龍の籠で生かされている身ではあります。それももう、終わりでしょう。通常――龍の加護は重ねてあたえられる事はありません。使えば消えます。元々――私が持っているそれは少ないものでしたので」


「しかし、皇帝は違うであろう?」


 私は少しだけ眉を跳ねた。――伸大将であれば知っていて当然だろうか。あまり知られていないことではある。


「まぁ。そうですね」


 加護は龍から与えられるもの。龍はこの国の皇帝に最大級の加護を与える。それは人のみであれば使いきれないほどの加護であると言われ、不老不死に近くなる――と。それは次代が玉座に就くか、自ら降りる事を望まなければその加護は続くのであると。


 自ら降りると言うのは死を意味するのではあるが。


 歴史上降りた皇帝は、いない。


 いないはずだった。


「――我が君は自ら降りたのでしょうね」


 あの時。まだ皇帝は十三歳の子供だったというのに。なぜそのような決断をしたのか私には分からなかった。生きるべきだった子供が『死』を選ばなければならなかった苦悩に心が痛む。いや、その場にいることとが出来なかった私を呪うしかなかった。


 ははは。と私の沈んだ心とは正反対の軽く笑う声が聞こえる。酷く楽しそうに。嬉しそうに。肩を揺らしてまで面白いことだっただろうか。さすがに眉を顰めるしか無かったが――。


「あの」


「まぁ。そうだろうな。あのクソガキ。俺に『渡さん』とか息巻いてたから」


 一通り笑い終えて伸大将は息を吐く。コトンと小さく椀を置く音が聞こえた。近く顔を覗き込まれた為に私の顔に影が落ちた。


「え?」


 理解できず開けられた唇から間抜けな声が漏れる。ぱちぱちと私は目を瞬かせていた。なぜ『それ』を知っているのか理解できない。理解を脳が拒んでいる。


 だけれど。現実はそこにあって。


 相変わらずの歪な笑顔をぼんやりと見つめてた。


「まだ気づかないのか? 姫様――いや。前皇后陛下? 俺がお前たちの世界を壊したのだと。お前を殺したのは俺だし、座を簒奪したのも俺だ」


 第十七代皇帝――奠伸。それが今の名前だった。

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