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雨上ノ詩  作者: stenn


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13/32

君の価値


 見当が付かないはずはない。姫様は動揺したようにその双眸を揺らした。幾ら何でも知らない。ここにいてそんなはずはないのだ。


 姫様はぐっと口元を結んでから顔をあげていた。


「――つ。でも。こんなの酷くて。しかるべき立場なのになんでこんな扱いを受けなければならないのか分からないです。本来は慈しまれてしかるべきなんですよ」


 少年の立場は置いておいて。姫様は慈しまられて育った。素敵なご両親と優しい兄妹。家人は誰もが優しく。姫様もそれに習って優しく育ったのはとてもいいことだと思う。世の中の汚い事を知るわけは無いだろう。


 子供は愛されるべきだ。というのが当然にあった。それを与えられない子供も沢山いると言いうことは知らない。分からない世界なのかも知れない。


 私だって正確に分かる事でもないがそれでも大人だ。受け入れることは出来ないけれど堅実は知っている。


 溜息一つ。


「そうですね。姫様。『外』にはそんな子は沢山いますよ。それをすべて救う気ですか?」


「後宮の外?」


「ええ。最近は不作ですので――子供は真っ先に切られます。救えますか? 見たら手を差し伸べますか?」


 すべてを救うことはできない。そんなのは当たり前。そして私たちに目の前の少年を救う余裕はなかった。


 自分ても思うが嫌な質問だそう思う。


 犬や猫ではないのだ。そのくらいの覚悟か無ければ人を――この子を救うなんて無理だと思うから。


 傷ついた顔がとても申し訳なくて悲しかった。ぐっと口を噛んでから俯く姫様。その手は相変わらず少年をしっかり抱きしめたままだ。


 さぁっと雨の音が聞こえる。まるで時が止まったかのような室内。泣いているのだろうかと腰をあげようとした刹那だった。


「うん――じゃあ。この子が皇位に付けば良いのです」


「え?」


「は?」


 間抜けな声を出したのは私だったか少年だったか。『いいこと、おもいついた』みたいなキラキラしたすがすがしい顔で見られても。子供かな。いや。子供だったわ。


 何言っているのだろう。昔から前向き思考で行動力の固まり。姫様と呼ばれるのはあまり似合っていないとは感じていたが。


 ……。


 超。前向き思考だった。そして何も考えていない様に見える笑顔にもはや釣られて笑うしかない。


 まぁ。姫様らしいというか――一族の血だろう。どこか似たような光景と状況を思い出して少しだけ懐かしい気持ちになってしまった。どこまで言ってもお人よしというか、優しい人たち。思い出して嬉しい様な。申し訳ない様な。


 が。それとこれとはまた違う話である。


「え、と。どうしてそうなったのです?」


「あのね。だって。今の天子さまが呪われているから国が疲弊していると雪花は言いました。じゃあ。この子が皇位に付けば良いのです。この子は呪われてますか?」


 天子――皇帝の事だ。正確に言えば龍が国を見捨てたから国が疲弊し、加護を持っていた皇帝は加護が転じて呪いに変わる。と言った所だ。それが加護を付与された者にまで及ぶかと言えば及ばないと考えている。

 この美しい両眼を持った少年のように。


 普通呪われている皇帝は淀んでいるものだ。その双眸は美しかった面影は無く。その精神は欠けていく。人間らしさは次第に失われて――。


 狂気に変わる。


「呪われてはいないですね。でも皇位に付けば――」


 同じようになるかも知れないし。と言い訳がましく付け加える。少年の目が見ることが出来ないのはなぜだろうか。


 それを無視するかのように明るい声が響く。


「誰が付いてもその可能性はあるですよ。なら私はこの子に掛けます。ね。君はどう思うですか?」


 初めていけんを求められて驚いたのか『あ』と小さな声が響いていた。ぱちぱちと大きな双眸で姫様を見、私に視線をゆっくりと移した。


「ぼくは――ここにいてはいけないと思います」


 軽く視線を下げる。長い睫が影を作る。


「なぜ?」


「あの。迷惑が掛かるし。揺籃さまもぼくの所為で……ぼくがいたら。水華さまもあなたも死んでしまうかもしれない」


 小さくなる語尾。揺籃も何かしらこの少年と接点があったのだろう。それで龍の加護が現れたのだとしたら納得がいった。


「あ――死にませんよ。私。毒には異常な耐性が在りますし。姫様も耐性がある程度在りますので。こう見えても私強かったですし」


 驚いたように少年は私を見る。


 耐性というか――恐らく新しい毒では私には効かない。常に薬という毒を服用している状態であるのだし。確かめたことはもちろんないが。であるのでこれは別に慰めでも何もなかった。


 そしてある程度強かったのも間違いではない。こうなる前は剣を振り回していたのだ。少しなら杖で対抗はできるはずと信じている。


「ほんとう?」


「あ。雪花のお母様と私のお母様が仲良しだったのだけど、子供の頃、雪花には手を焼かされていたと聞きました……男の子を診療所送りにするって……」


「してませんが?」


 したような気もするけど、なんとなく沽券に関わる気がした。速攻で『嘘つき』と言われたが。かなしい。


 でもそれはどこか姫様も同じで――とは大人なので言わない。悔しいが。


「そう言うことでその辺りは大丈夫なのですよ。私たちは強いから」


「だいじょうぶなの?」


 少年は考えるように言葉を辿る。その顔を姫様ががっつりと覗き込んで一瞬息を飲むような音が聞こえた気がした。


 慌てた様に声が上ずる。逃げようとしてもがっつり肩をホールドされているために動けない。なんだか可哀相だったが、姫様がそれに気づくことは無い。


 こつりと額を付ければ軽く肩が揺れた。


「うん。だから――一緒に。私は私の友達を守るのです」


 軽く息を飲んでから潤んだ双眸が姫様を捉える。それは不安に揺れているが微かな希望が混じっているように見えた。


 信じたい。そう言っているかのように。


「皇帝になれなくても? ぼくに『価値』はある?」


 震える声。価値が無いからこんな事にになっているのだと暗に思わせる回答だった。だけれど姫様の返答は一つも淀むことはない。


 にっと笑う笑顔はすがすがしい。価値なんてどうでもいい。そう本当に思っているのだろう。自身から提案したくせに。そんなことは多分頭の片隅にもはや行ってしまっている気がする。


 姫様はきゅうと少年の細い肩をめいいっぱい抱きしめる。


「うん。君が君で在ることが私には価値があるのですよ」


「でも」


「大丈夫。他の方法を探せばいいだけなのです。別に龍の加護なんてなくたっていい世界が無くたって皆が幸せになれるような」


 貴方が幸せになれるような。


 そんな未来は無いだろう。子供が描く夢物語だとそう思う。だけれど。


 私は姫様のこういうところが好きなんだな。と素直に思ってしまった。幸せそうな二人の笑顔に断るなんて言う選択肢はどこにも無い。


 どこにも無かった。

少しだけ文章を付けたしました。

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