第十四話:十三の傀儡
「従うがよい!」
人々の声を貫いて、一人の老人が高らかに言い立てた。
「雪はもう降った! これはトゥールの倣いである! いかに哀れな身の上なりとて、もはや何人たりとも我らの土地に踏み入ることはまかりならぬ! 民を連れ、早々に立ち去られよ! 今宵は訪いの始まり……悪霊の帰り来るこの夜に、汝らの如き混ざり者が居ろうなど断じて認められぬ! 従うがよい……。もしも従わぬと……なおも我らの倣いを乱さんと、そう望むのならば。余所者が……汝らは、守り人の務めを知ることになるであろう……!」
それは、真っ白に色褪せた北辺の老将であった。
短く刈り揃えられた白髪に、ざらざらと顔下を覆う無精髭、吹雪に染められたような青白い顔、そして――それでもなお、獣のような凶暴さでもって毒々しく輝く濃紺の瞳。
その身には、古ぶるしい毛皮鎧が巻き付いていた。
トゥールの人々は、そんな老人の姿を見て歓呼の声を上げる。老人が右腕を振り上げるとそれはますます強くなり、広場には「非人」「亜人くずれ」「混ざり者」といった非難の言葉が嵐のように吹き荒れる。
老人は、振り上げた右腕を今度はゆっくりと前へと向ける。そのぼろぼろにくすんだ手袋が握りしめる冷えきった柄の先には、トゥールの守り人の長たるを示す古よりの至宝、黝方石交わる夜空の如き黒隕鉄の十字槍があり、それは、広場の中央にて佇むある異様な――真っ黒な装束に身を包む三人の来訪者たち――に向けて、鋭く、そして恐ろしいほどの明白な敵意でもって突きつけられていた。
「よいぞセオス殿!」
「トゥールのやり方を今一度思い出させてやれ!」
「そのとおりだ! 余所者を殺せ! ろくでなしの亜人くずれどもに身の程をわきまえさせてやれ!」
「混ざり者どもが、さっさと本性を見せろ!」
人々の声が高まり続ける中、老人のすぐ後ろでひと際大きな罵声が上がる。
そこには、老人とほぼ歳を同じくするであろう、十二人の老いさらばえた男たちがいた。濃紺の瞳に、わずかに色の残る白髪と髭、身には白い毛皮の織り込まれた紺染めの外套をまとわせていて、そしてその腰には、まるで何かの物語を描き出したような複雑な人と風景の絵柄を示す黄色と黒の鮮やかな飾帯を巻き付けていた。
トゥールの《十三人会》。
この街に住む人々において、その老人たちを知らぬ者はいない。彼らは王国よりこの街の自治を任された最も権威ある長老たちであり、また、王国の官職においては、それぞれが世襲権の認められた一体の方伯として、トゥールのみならず、北辺一帯の統治と防備、さらには通商に関わる部分的な外交権をも預けられる直臣でもあった。
ジュノス、ウニティス、ダオロ、アルツァ、スコラス、ユスティナ、ソフォス、カリラ、アルメス、レノス、イサウラ、オミロノ、セオス。
十三人会を世襲するこれら十三の家々は、王国の始まりより古いトゥールの土着の一族である。
その地位は建国の王オラドにより恩賞として与えられ、それ以来、彼らは王国におけるあらゆる法や制約から免れて、その独立した文化と伝統を守り続けてきた。
北辺の土を踏んだなら、誰が彼らに逆らえようか。トゥールの人々にとって、十三人の宿老たちの言葉は絶対的である。彼らが死すべしと言えば死が、生きるべしと言えば生が、それぞれ何の審判もなく与えられる。そこには、王権さえも立ち入る余地はなかった。トゥールは永遠にして有主の土地。王国はその歴史において多くの土着権力を安堵してきたが、トゥールのそれについては、他の地域でも例がないほどに全面的であった。
その理由は、言うまでもなくトゥールの《悪霊》――。その恐怖こそが、彼らを永遠の貴族として北辺に存えさせ続けてきたのだ。
「余所者め……」
ふと、誰かが呟いた。
彼らは、千年間その地位を守り続けてきた。一度も欠けることなく、一度も侵されることなく、その大いなる伝統を守り続けてきた。ゆえに、彼らはなおもその言葉が力を持つのだと信じていた。時代が変わろうと、何が変わろうと、その往古の権威だけは不変なのだと、そう信じていた。
なればこそ、彼らは人々の恐怖を煽る。余所者を嫌い、亜人を蔑み、毒と槍をもって立ち去るべしと言い立てる。それが正しいことなのだと。
だが、彼らはもはやその本来の使命を見失っていた。
はたして、その言葉がいつしか自らの地位を守るだけの惨めな怨言に成り果てたのは、一体いつの頃からだろう。
彼らがそうであり続けるには、このトゥールの数十年間はあまりにも激動すぎた。