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避けられない道はどこへ続く  作者: 桜木彩芽
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事故直後

たまたま目撃した交通事故、目の前で息子を失った父親に寄り添い、顔を覗き込むと、そこには知っている顔があった。


目が合ったはずの彼の瞳孔は開いており、目の焦点はどこにもあっていないようだった。ただただ狼狽している彼に同情せずにはいられなかった。悲惨な状況に、こちらも全身の筋肉が硬直する。彼の背中を叩く手だけは柔らかく、優しいリズムにしようと、自分自身の冷静を保つように手の動きだけに集中していた。


どれくらい時間が経っただろうか、背中をたたく音に合わせて救急車のサイレンが聞こえてきた。

「すみません、すみません、ありがとうございます。」彼はかすれた声で言葉をふり絞り、私から離れて行った。


「彼とは知り合いですか?」との警察からの質問に「いいえ、知りません。」と答え、分かる限りの情報を伝えた後、そこから5分ほどで到着する家に到着した。


時刻は夜10時をまわっている。とにかく衝撃的な一日だった。

鬱々とした感情を飛び越えた衝撃に、アドレナリンが出て眠れない。というより、動けない。目をつむると事故の様子が鮮明に再現されてしまい、心身の負担を自覚した。


誰かに話すべきかとスマホを手にするも、友達はだいたい結婚していて家庭を持っている。数人の顔が浮かぶがすぐに流れていく。こんな時はさすがに、酒に頼ってもいいだろう。お気に入りのiittalaのグラスにウイスキーと炭酸水を入れ、慰め程度にテレビを付けた。高校を舞台にした恋愛アニメをBGMに、時々目的もなくスマホを操作して、そのままソファーで寝てしまった。


朝になり、重い体と頭に絶望を覚えながら、シャワーをあびた。シャワーをあびるまで3時間以上かかっている。いったいその3時間は何をしていたんだろう。考えると自分を攻めてしまうので、考えるのはやめておく。


亡くなった子供の父親は新卒で入社した会社の上司だった。「お久しぶりです。株式会社JAPANKEYSNETでお世話になりました、小島ゆりです。お子様の件、心よりお悔やみ申し上げます。実は事故当日居合わせておりました。非力ではありますが、何かできることがあればご遠慮なくお声がけください。お辛い時期だと思いますので、無理にご返信いただかなくてももちろん大丈夫です。ただ、今は想像以上に心身ともにお疲れだと思いますので、ご無理だけはされないようお気をつけくださいね。」


果たしてこんな連絡をするのは正しいのだろうか。余計なお世話であり、傷口を広げてしまうかもしれないし、気を遣わせてしまうかもしれない。そんなことをグダグダと考え続けてまた時間が経過する。


たしか、別れた妻から1日子供を預かったと言っていた。身内でトラブルになる可能性だってある。そうなれば誰が彼を支えるのだろうと思い、悩んだ末にメッセージの送信ボタンを押した。


よし、人の心配ばかりしてないで、仕事をしよう。やっとのことで机に向かうも、ラインの既読が気になって仕方がない。亡くなった子供の父親であり、私の元上司である彼の名前は市瀬克樹、年齢はたしか37歳になっているはずだ。


Facebookで名前を検索すると、ほとんど投稿がされていないが、タグ付けされた家族写真が複数枚ならんでいる。絵にかいたような素敵な家庭。別れているとは思えないほどの眩しい笑顔と、私が目にした男の子の、全く別の姿があった。


だめだ、見てられない。ほほに涙がつたった瞬間、ラインの返信があった。


「やっぱり小島だったんだ、ごめんね心配かけて。わざわざありがと。また時間が経ったらお礼させてほしい。ありがとう」


たった数行の返信に詰まった優しさに余計に涙が出た。やりきれない気持ちと、ぶつけようのない悲しみに、何かしていないと心が持たない。ほとんど無意識的に、意味もなく彼をタグ付けしている奥さんのアカウントをクリックした。


「ありえない。私の生きがいがなくなってしまった。なぜ祐介なの、いつも笑顔で優しくて、友達も多くて学校の先生になるのが夢の祐介が父親に殺された。」


でかでかと表示された恐ろしい言葉に呼吸することさえ忘れてしまった。次に一呼吸すると同時に、市瀬さんに電話をかけていた。


「市瀬さん、すぐに会いましょう」


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