今日も明日も交差する
4か月生理が来ていない。
またか……。
大学時代からホルモンバランスが乱れ、生理が来ないにも関わらず頻繁にPMSが起きる。
卵胞ホルモンと黄体ホルモンが低下することでおきるPMSは女性ならではの生理前症候群で、気分が落ち込んだり体の不調が起きたりする。
私の場合は薬を飲まないと生理は来ない。昔はよく妊娠を疑った。しかし今は心当たりがあったところで妊娠をしないのはわかっている。ホルモンバランスが悪く、多嚢胞性卵巣症候群という体質なので妊娠は簡単にしない。とはいえ婦人科に行けていないことを反省してため息をつく。
目下の問題は、とにかく鬱々とすることだ。
霊的なもののせいにしたいくらい、第二の自分が「死にたい」と言っている。今日も第一の自分は「よりよく生きたいんだよね」と呼応している。
それなりに仕事を頑張ってきて35歳、ホルモンだけのせいにしたくない厳しい自分がいる。不安要素を書きだそう。運動はしているか、睡眠と食事は十分か、お金の心配があるのではないか。それぞれ当てはまる原因に対しては対策を出来る限り施してきた。
あー、きっとまだまだ運動が足りないんだ。出費を見直してジムのコースをアップグレードしようか。
節約に真剣に取り組んでいるので、チェーン店のコーヒーはかなりのぜいたく品だ。一口ずつ大切に飲みながら考えを書き出す。
睡眠や食事、サプリにジム、積み立て投資や学習など、自己投資をして言い訳をつぶしているのだが、足りない。常に「足りない」を探して、悩むことで安心している自分が嫌になる。頑張っているわりには全てが豊かではない気がする。タイパやらコスパやら世間は言うが、努力対効果がなっていない。努力という名の思考停止の全力疾走に逃げる、意識高い系というやつか。
「ハードルが高すぎてくぐってんじゃねーか」昔付き合っていた彼に言われた。
こうした、自信を無くすにふさわしい、呪いの言葉をたいさん吸収して今に至る。傷つき、もちろん私も人を傷つけた分、人との関わりが怖くてしょうがない。そして私は否定や批判だけが真実だと思うようになった。
気分が落ち込んだときに頼れるのは、自分に完全な好意を持つ、つまり下心をもっているような男性だけな気がして、こちらから連絡するのも空しくなる。自分に負けるような気持ちを抑えて、知り合いに連絡をする代わりにマッチングアプリをひらき、適当に誰かとマッチする。すぐに連絡が来るが、つらくなりやりとりができなくなる。これはなかなか末期だと第一の自分が言ってる。
そんな私も、何か決まった商品を売らせると途端に輝く。もちまえの愛嬌、人に気を遣いまくり、相手の欲しい言葉を自然と口にする特性で、老若男女問わず好感度を提供できる。完全な演技だ。役割をあたえられた途端にコミュニケーションは楽になる。しかし、その反動はすさまじい。エナジードリンクで発破をかけたあとにどっとくる気だるさを倍にしたような感じだろうか。動けなくなる。
これは年々激しくなってきた。それでも仕事で人と関わる場面は多い。
それでも仕事のストレスが足りないのかもしれないと自分を追い詰める。
「マイナス感情優位なときは動かない方がいいのかもしれない。あー、フリーランス、動かないと仕事はない。さて、ここからどうするべきか」
薄暗く重い気持ちを流し込むように、安いコーヒーを飲み干して今日はシャットダウンだ。
自転車にまたがるも、行き先は決まっていない、夜をただ走りだす。金とやる気がないなら、足を動かすだけだ。それでも動いている分まだましだ。
やるべき作業はたくさんあるけど、明日の自分にかけよう。大丈夫。酒に逃げずに布団に入ろう。
第一の自分が、根拠もなく大丈夫と言っている。ふぅーと声がもれるほど大きな一息と共にブレーキを踏むと、それをかき消すほどの衝撃音が遠くで聞こえてきた。
音はノイズキャンセリングによって遠くに聞こえただけで、実際は顔の角度を変えるだけで世界は変わっていた。目の前で車と自転車が衝突していたのだ。転がっていたヘルメットはまだ小さい。時間が止まっているかのように微動だにせず呆然と立ちすくんでいる男性が父親なのだろう。
私もしばらく衝撃に対して固まっていたのかもしれない。ふと気が付くと周りに人が集まり、どうしたんだ、大変だ、というリアクションのみが交差した。現場の混乱に比例して心拍数が下がっていく。「冷静に立ち回り状況処理をする女性」という役割を自分にあたえ、周りの人に指示を出しながら救急車と警察の手配を瞬時におこなった。
父親はやっと状況を飲み込んだようで、泣き崩れて立ち上がる神経も気力も失ってしまったように見えた。どう見ても助かる見込みがなさそうな子供の姿を目の前に、正気でいられるわけがない。自体が落ち着くまで父親のそばにいることにしよう。
「別れた妻……から1日息子を預かってい……」泣きじゃくる父親がつぶやいた言葉に、父親の肩を抱かずにはいられなかった。
「とにかく深呼吸をしましょう」声をかけながら父親と同じ視線になり、顔を覗き込むと、そこには知っている顔があった。