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嘘から出た真実  作者: 二階堂真世
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嫉妬があるうちは愛もある

ウチの旦那には、結婚してから今まで、愛人がいなかったことは一度もなかった。そもそも、旦那と知り合い、付き合いだした途端、見知らぬ女たちに囲まれ言われた。「私たち六人は修一の彼女なの。あなたが七人目。そのことを、ちゃんとわきまえてよね」と、ほとんど脅されるように告げられた。

美幸は、その凄まじい様相に、少しビビッてはいたが、恐れをなしてはいなかった。それどころか、この六人の恋敵を倒して、絶対に自分が修一と結婚してやろうと闘志を燃やした。 

仲良くすればするほど怒り、嫉妬する女たち。もう自分に心が無いことをしりつつ、今の恋人を恐喝して遠ざけることしか能のない女たちを、情けないと嘲笑すらしていた。

そして、見事修一の子供を孕んで、【できちゃった婚】にこぎつけた。もちろん、当時は婚前交渉などは忌み嫌われていた。 姑口は、それはそれは、ひどいものだった。それでも、堕胎できる時を逸してしまった女性に責任を取らないわけにはいかなかった。

悔しがる六人の元恋人たちを横目に見ながら、確かに優越感に浸っていた。一番になれたと有頂天だった。

二人の新居は高級住宅地にある一戸建て。はじめての子は男子で、後継ぎを産んでくれたと義父母たちも喜んでくれた。しかし、それから、二回子供を孕んだが、死産と流産で、子供には縁が無かった。それもこれも、当時付き合っていた愛人が強い生霊を出していたせいだと、ある神社の巫女に言われて除霊したら女の子が生まれた。

二人とも、才能に溢れ、見た目も綺麗な子供だった。大金持ちの夫に、よくできた男女の子供。誰からも羨ましがられる幸福な日々を送っているように見えていたに違いない。

今まで付き合っていた女性たちの羨望が一同に集まってたかも知れない。『私たちのように捨てられ、不幸の、どん底に堕ちたらいい』との願望が、渦巻いていたとしても不思議はなかった。そんな沢山の恋人がいた旦那が、結婚したからと言って一人の女で満足などできるはずなどなかった。

子供がいようがいまいが、次々と愛人を作って家には、滅多に帰らなかった。子供たちは、たまに訪れる旦那に「バイバイ。また来てね」と無邪気に手を振る。「早く帰って来てね」とは言わない。いつ来るかわからない男の人としか認識できていないようだった。

それを容認していた美幸も悪かった。あの捨てられた女たちのように怒ったり責めても旦那の心は、遠ざかってしまうことをわかってもいた。しかし、旦那の足が遠のくと同時に、生活費も途絶えてしまった。そのことを旦那に言うのも憚られて、女手ひとつで二人の子供を育てていくしかないと諦め、事実奮闘した。

広い家を幼児教室として活用したり、ビジネスチャンスがあると思うと東京まで出かけて行ってベンチャー企業を立ち上げたりもした。子供のベビーシッター分も稼がなければならない。仕事のために子供たちと会えない日々も耐え忍んだ。

そんな時、旦那の両親が次々と他界し、都会に持っていたマンションや不動産が会社名義になっておらず、個人名義だったせいで億もの相続税を払わなければならなくなってしまった。仕事場のビルも税金の取り立ての抵当にされて、一時期は自殺でもしそうなほどの悲壮感に溢れていた。

そんな旦那を毎日、仕事場に送って行って、支えたのが美幸だった。それで、夫婦中は良くなると信じて尽くした。その頃の愛人は経理をしていた。旦那に、ずっと生活費をもらっていないことを暴露したが「いや、生活費は振り込んでいるはずだ」と言って聞かない。そこで、経理の女の子に詰め寄ったら「知らない」との一点張り。埒が明かなかった。

仕方なく、独自に経理の資料を数年前までさかのぼり見たら、振り込まれる筈の生活費は全て彼女の口座に入れられていた。その証拠を旦那に突き付けたら、浮気相手だと判明。彼女は解雇するまでもなくトンズラされて、旦那も「慰謝料だと思ってやれ」などと言う。

何年も貧困に喘いでいた苦労など、何とも思っていないようだった。この頃から、頭痛がひどくなって起き上がれない日々が続くようになった。更年期障害とも言われるが、何をしても治らない。鬱だとも診断される。家事するだけでも辛い。得意だった料理もできない。 

整体や温泉で治療しても家に帰ると、また体のあちこちに不具合が出て、ほとんど家を留守にするようになった。依然、旦那は愛人とよろしくやっているようだった。今度は看護婦の女と、いい仲のようだった。その女が妊娠したと聞いて、さすがに怒りに震えた。しかし、途中で流れたようで、『自業自得だ』と笑んだ。何度も、また違う女を愛人にして相手のマンションに通って、また妊娠させていた。それでも美幸には確信があった。『どれだけ女を抱いて、妊娠させても子供は流れるに違いない』と。美幸も二人の子供は無事生まれて来たものの、流産や死産で亡くなった子供は六人に上る。

つまりは、女たちの情念か生霊の仕業で、子供は無事には生まれて来ないのだと、わかってしまった。しかも、愛人たちは長くは続かない。すぐに飽きてしまうのだ。どうして美幸だけは、飽きずに離婚もしないで夫婦関係でいるのか謎だった。あちこちで悪さをしては家に逃げ込む、ヤンチャ息子のように。定期的に帰ってくる。しかも、その時には徹底的に愛してくれた。一緒に、あちこち遊びに連れて行ってくれた。誰から見ても、恵まれた女だと目に映ることだろう。しかし、事実は違う。美幸は料理が上手かった。ダシも一から取って、冷蔵庫にはニボシ、コンブ、カツオだしが、いつも用意されていた。料亭のような味に、旦那の胃袋は鷲掴みだったのだろう。外食が多いので、美幸の料理に慣らされていた旦那の体は、健康を留意している家の料理を欲するのだった。

ある時、美幸は気がついた。旦那をないがしろにして友人たちと遊びまわっていると必ず愛人を作っていることに。そして、「お前も男がいるに違いない」と詰め寄る時に限って、新しい愛人がいた。

自分が相手にされなくて寂しいのだと子供たちに言われても、旦那の裏切りを許せなかった。そして、愛人に負けないように、プチ整形したり、エステやジムに通ったり、百貨店の外商で爆買いして自分磨きに勤しんだ。

そのおかげで、旦那が浮気する度に大散財する権利を得たとばかり、贅沢三昧ができた。美幸は、その名のとおり、【美】は大きな羊、つまり生贄の文字で、この字の名の人は、自分を犠にしてでも相手のために尽くすという美しいが悲しい人生を歩むことになるそうだ。しかも【幸】は、手かせ足かせの奴隷の姿の文字。そんなダブルパンチの名前なのだから、それはそれは旦那や子供、そして親兄弟や知人親戚にも、よく尽くし自分の体を痛めてもなお頑張り続けていた。それを占い師に教えてもらった旦那が、妻のために愛人をつくっているという嘘を信じこませていたことを誰も知らない。

女友達はたくさんいた。モテモテだった美幸を妻にするために、大掛かりなウソをついてくれたのも女友達だった。負けず嫌いな美幸のライバル意識を燃えたがらせたのは、シナリオライターの裕子だった。そして、憎まれ役は、女優志望の麗香だった。みんな、大学一の美貌の美幸と絡むのが面白くて仕方ないようだった。「そんなに好みの男ではなくても、モテていたりすると興味を持って、そのうち好きになるんだって」と教えてくれたのは、心理学専攻の清美だった。そして、占いの館でアルバイトしていた芳子が、美幸の性格などを教えてくれて、結婚しても尚、アドバイスしてくれていた。美幸はプレイボーイが好きなことも、負けず嫌いで、誰かライバルがいると頑張れること。あまり近くにいると飽きられることなどなど。美幸の親友たちも情報をくれたのは、それまでの付き合った男が悪すぎて見ていられなかったからだとか。美幸は美しいだけではなく、皆から愛されていた。いつも誰かのために献身的で、困った時には助けてくれるお人よしだったから。もちろん男子からもアプローチされまくっていた。それでも、なぜか悪い男にばかりひっかかる。名前が悪いのだと芳子は心配していた。だったら、運命を変えれないものかと麗華はシナリオを書いて、本人に知られないよう救えないかと考えた。そして、まんまと結婚し、二人の子供みも恵まれた。もちろん、現実的には六人の子供を失ってはいるのだが、他の愛人たち皆、流産したと聞いて、二人だけでも子供を得たという幸せの方に目を向けることもできた。もちろん、相続税なるものもウソだった。目的がなくなると急に失速してしまうタイプなので、旦那の修一にも一芝居してもらった。単純で、他人を疑うことの知らない勧善懲悪主義者の美幸は、ウソの噂話も素直に信じた。自分ケアしないと危ない年齢だった時には、旦那の愛人を次々に偽装して、美幸を温泉やレジャーに連れ出した。愛人への怒りと旦那への仕返しのためなら、思いっきりハメを外して楽しむこともできた。愛人と競って、体を鍛え、若々しく美しくなる美幸に、安堵する旦那の深い愛情は美幸には伝わらない。それでいい。自分を愛した男に興味を失くす生活なのは、何歳になっても治らない。美幸を失うくらいなら憎まれてもいいと旦那は思っていた。二人の子供のためにも。望めば、いつでも美幸の美味しい料理を口にできるなら。日々、喧嘩ごしに、じゃれ合うのも楽しくなっていた。美幸も、きっと本心はわかってくれているはずだと旦那の修一は信じている。



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