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赤兎馬に会う。

 「では、準備が出来次第急いで東門に来てください」


 董卓のいる屋敷を出て案内役の兵士と東門で落ち合う約束をしてから、別れて戦のための準備をすることにする。準備と言っても、先ほどの戦では、ほとんど戦わずに相手が逃げていったので、武器の手入れもしなくて良い。ただ赤兎馬を回収しに行くだけだ。


 (あ……あ……)


 屋敷を出てほんの数歩歩いただけだが、また屋敷の入り口の近くで誰かの声が聞こえていることに気づく。不機嫌気味に辺りを見渡すが、誰の気配もないので再び歩き始める。


 (あ~……ひま……)


 入口から右に曲がって、赤兎馬がいる厩舎に向かって歩き進める。徐々に聞こえる声が大きくなるが、気にするそぶりを見せず、歩いている。屋敷の周りは、見つかりにくくするためか、木に囲まれていている。

 そこから少し歩いたところに、お目当ての馬が目に入る。遠くからでも目立つくらいの赤い毛に、他に並んでいる馬が細く見える程のたくましい体。実物を初めて見た呂布は一目散に赤兎馬に向かって走る。


 (ん! なんだあれは?)


 ものすごい勢いで向かってくる男に、驚いたのか馬たちは逃げだそうとするが、紐でつながれているので逃げだすことが出来ず、暴れている。他の馬には眼中にないのか、赤い馬の目の前まで来たら立ち止まり、紐を外そうとしているのか、馬についていうる紐を上下に揺らしている。


 (あっ、痛い、痛い)


 引っ張られた紐が首の毛を強くこすられて、情けない声を出してしまった。この声を聞いた呂布は、紐を引っ張るのをやめ赤兎馬の目をじっくり見る。


 「さっきの情けない声を出したのはお前か?」


 その目つきは、今にでも目の前にいる馬を、殺してしまいそうな獣のような目に一瞬思考が停止してしまったが、目の前に立つ男が、自分の声に反応していることを、理解することは、それほど時間がかからなかった。


 (ん! まさか僕の声が聞こえているのかい?)


 この世界にやってきてまだ日は浅いが、ここに来るまでにも沢山の人と、すれ違っていたが、誰も僕の言葉に反応してくれなかった。だが、目の前にいる男は、僕の声に反応している。たったこれだけの事なのに、驚きの気持ちと、同時に救われた思いとが入り混じってしまった。


 「あん? 何当たり前のことを言っているんだ。話をしているのだから聞こえているに決まっているだろ」


 確信をした。目の前にいる男は、本当に僕の声が聞こえていると。


 (ほんとに聞こえているんだ…… 本当によかったよ)

 「ふっん」


 大きな鼻息をした呂布は、目の前にいる馬をじっと見つめている。


 (今まですれ違った人は皆、僕の声が聞こえていなくておまけに体が大きな人は、僕を奴隷みたいに乱暴に扱ってくるから嫌になっていたんだよ)

 「体の大きな奴っていうのは多分董卓のことだろ。あいつは、自分の事しか考えないやつだからな」


 自分の上に乗っていた人物の名前が、董卓だと聞いた瞬間自分がいる場所が明確に理解することが出来た。


 (やはりここは三国志の世界だったのか) 


 心の中で言ったつもりが声に出ていたのか呂布が不思議そうな顔をしている。


 「三国志? なんだその聞いた事のない名前は」

 (あっ、え~と……)


 少しの間沈黙の時間が流れる。本当のことを言うべきか、それとも言わないべきか、真剣に悩んだのち、本当の事を言おうと思った。 


 (三国志とは、魏、呉、蜀、三つの国がそれぞれ争う時代の事を言うんだ)

 「ほうその、三つの国とはなんだ?」

 (曹操率いる魏、孫権率いる呉、劉備率いる蜀の三つの国の事さ)


 それぞれの名前を聞いた呂布は、一瞬目を細めた後、急に怒った顔になった。


 「曹操に劉備に孫権だと? あんな腰抜けどもがどうやってそこまでの力を、つけるが出来るようになるんだよ。おい、貴様。さては嘘をついているんだな?」


 目の前にいる男の迫力は今までにあった誰よりもすごく、目の前にいる人物が呂布だということを理解するのには、そう時間がかからなかった。


 (いやいやいや、嘘なんかついていませんよ、)

 「ふっん、まあいいだろう」


 納得してくれたのだろう。呂布は大きい鼻息を立ててじっと僕の目を見る。


 「それより俺の名前はどうなっているんだ? 曹操などの名前があるのになぜ俺の名前がないのだ!」

 (え~と)


 返答に困る問題だとこの時は思った。呂布は、曹操に負ける。そう言ったら目の前にいる男は、どのような行動をとるのだろう。考えただけで恐ろしいとその時は思った。


 「ふっん、言わなくてもわかる。お前の顔を見たらな。俺は負けたんだろ?」

 (う……ん)


 否定できる空気ではなかった。


 「で、俺を殺した奴は誰だ?」


 顔を下に向けながら、正直に言うべきかどうか悩む。正直に言えば多分、歴史を変えてしまう恐れがあるからだ。


 「まあいい、言えない事情があるのは分かった。それよりも今は、こんな話をしている場合ではない。虎牢関に袁紹率いる反董卓連合と戦いに行かなければならんのだ。お前にはしっかり働いてもらうからな」


 そう言う言って馬の背中を触る手は、さっき乗っていた大男よりも手が大きいのに、どこか優しい気持ちになったと同時に一つの不安もある。虎牢関の戦いでは、三国志の世界を作り上げた英雄たちが一同に集結するからだ。呂布はこの戦いで死ぬことはないけど、僕は戦場に出たことすらない。本当に軍馬として戦っていけるのかはこの時は知る由もなかった。


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