漫才「エスカレーター」
漫才です。
ツッコミの台詞を、ツ「」
ボケの台詞を、ボ「」
で書いています。
おじさん二人が漫才をするため、マイクの前に立っている。
ボケの太った小男とツッコミの背の高めの男だ。
二人「どうもー、よろしくお願いします」
ツ「いやー最近、年を取ったなって感じたことがあったんだよ」
ボ「ほうほう。どんなことがあって、寿命のキャンドルの明滅を感じたんだい?」
ツ「なんで年を取ったってことをそんなファンシーに言うの? あと、明滅は違うよ? それだと死んだり生き返ったりしてるから」
ボ「女子受けを狙ってみたんだ」
ツ「それ女子受けするか?」
ボ「やっぱアロマキャンドルの方が良かったかな?」
ツ「そういうことじゃないよ! もう俺の話聞いてくれよ!」
ボ「分かったよ。補聴器付けるからちょっと待って」
ツ「お前の方ががっつり年取ってんな!」
ボ「え? なんだって?」
ツ「聞こえないのかよ! お前にはアロマキャンドルじゃなくて線香が似合ってるよ!」
ボ「誰がハゲだ!?」
ツ「坊さんみたいってことじゃないよ!」
ボ「それで、なんで老いを感じたんだい?」
ツ「年を取ったことを老いたって表現しないでほしいんだけど? まあ、あれだよ。昔は全然そんなことなかったのに、少し走っただけでハアハア言うんだ」
ボ「分かるわー」
ツ「お前昔から太ってて、階段を一階分上がるだけでハアハア言ってたけど!?」
ボ「でもそれってべつにそんな困らなくない?」
ツ「いやいや、それでこの前危ないなって思ったことがあったんだ」
ボ「へー! どんなことがあったの? 君の苦労話は嬉々として聞くよ?」
ツ「なんでそんな楽しそうなんだよ!? 性格悪いな! ……この前新幹線乗ろうとして、時間少し危なかったから、ちょっと小走りでエスカレーターまで行ったんだ」
ボ「まあ、あることだよね」
ツ「そうしてエスカレーターに乗ったら、たまたま前に若い女性がいたんだ。……どう思う? ピンチじゃない?」
ボ「え? なにが?」
ツ「いやいやいや。冷静に考えてみ? 若い女性。その後ろにマスクしてめっちゃハアハア言ってるおっさんいます。……どうなると思う?」
ボ「心配される?」
ツ「違う。ピンチって言ってるじゃん」
ボ「避けられる?」
ツ「もう一声」
ボ「……逮捕?」
ツ「正解! 慈悲は無し!」
ボ「確かにまずいね。一歩間違えたら逮捕じゃん。住所牢屋無罪じゃん」
ツ「住所不定無職みたいに言うなや。でもまずい状況なのは分かってもらえた?」
ボ「うん! とっても!」
ツ「目をキラキラさせて言うな! 幸いそのときは何も言われず済んだけど。これ、またエスカレーターの前が女性ならどうしたらいいかな?」
ボ「後ろに下がるのは?」
ツ「いや、新幹線のとこだったし、後ろには人いるんで、動けない前提で頼む」
ボ「成程。……うーん、やっぱ前の女性に興味ありませんよアピールが大事だと思うんだよね」
ツ「うんうん。そうだね。そうすれば痴漢と思われないね」
ボ「だから手鏡見ながら、髪のセットとかするのは? 自分しか見てませんよアピール」
ツ「馬鹿なの!? よく考えてみ? 若い女性。その後ろにマスクしてめっちゃハアハア言ってる手鏡持ったおっさんいます。……どうなると思う?」
ボ「『この人ヅラずれてるのかな?』って思われる?」
ツ「違う。もっと悪い。あとヅラじゃない!」
ボ「『手鏡ごときで顔全部映りますか?』って小馬鹿にされる?」
ツ「俺そんな顔でかくないよ!? もう一声」
ボ「……逮捕?」
ツ「正解! どう見ても覗いてます!」
ボ「いやでも手鏡でずっと自分の顔見てたら大丈夫じゃない?」
ツ「俺がイケメンならな。だがしかし、不細工なおっさんが手鏡で自分の顔見るか?」
ボ「……くそ! ナルシストでも無理がある! このままでは相方が痴漢で捕まってしまう!」
ツ「だろう? もっとちゃんと考えてくれよ。俺が捕まるかどうかなんだからね?」
ボ「じゃあゲイ物のエロ本読むのは? これなら女性に興味ありませんよアピール完璧じゃない?」
ツ「嫌だよ! 興味ないよ! あとエロ本読んでたら結局逮捕されるじゃん!」
ボ「う~ん。興味ありませんよアピールは難しそうだね」
ツ「なんか別の手段ないかな?」
ボ「んー、じゃあ爽やかな見た目にするのは?」
ツ「お、いいね。ただ、俺の外見を爽やかに変えるのは難しくない?」
ボ「ツチノコ捕まえるレベルだね」
ツ「そこまでじゃないよ!」
ボ「まあ、直接変えるんじゃなくて、イメージで変えよう。こう、スポーツしてますアピールしよう。スポーツマンは爽やかなイメージがあるからね」
ツ「あー、成程。どんなのがいいかな?」
ボ「やっぱ誰でも知っていて、やりやすいのがいいよね」
ツ「うんうん。知らないスポーツだと余計不審に思われるからね」
ボ「てことでボウリングはどう?」
ツ「馬鹿なの!? お前ボウリングのフォームやってみろよ!?」
ボ「球を構えて、後ろに持っていって、アンダースローの様に投げる!」
ツ「そうそう。それでイメージしてみて? 若い女性。その後ろにマスクしてめっちゃハアハア言ってるおっさんがそのフォームをしています。……どうなると思う?」
ボ「……逮捕?」
ツ「正解! スカートめくりにしか見えない!!」
ボ「じゃあ、ゴルフは? おっさんがやってそうだから、違和感はないでしょう?」
ツ「じゃあ、イメージしてみて? 若い女性。その後ろにマスクしてめっちゃハアハア言ってるおっさんがゴルフのスイングをしています。……どうなると思う?」
ボ「……逮捕?」
ツ「正解! スカートめくりにしか見えない!! てかさっきから一瞬でも悩むなや!」
ボ「じゃあ野球」
ツ「スイングでスカートめくりしてるように見える! アウト!」
ボ「サッカー」
ツ「リフティングでスカートめくり! レッドカード!」
ボ「相撲」
ツ「張り手でケツ触ってる風に見える! 黒星! 土じゃなかくて前科がつくわ! そもそも相撲に爽やかなイメージはない!」
ボ「ごめん、もうない」
ツ「スポーツのレパートリー少なっ! もう、この案は駄目だな。他の案ない?」
ボ「んーそもそも印象から無罪にされるの諦めた方がいいと思うな。物理で攻めよう」
ツ「どういうこと?」
ボ「だから、物理的に手を縛っておいて痴漢は無理だって思われよう」
ツ「成程! ……ってそれじゃあ新幹線に乗りにくいよ! あと既に捕まってるみたいで嫌だな! もっと考えてくれ」
ボ「じゃあ、手を切り落とす?」
ツ「痴漢と間違われないために!? コストパフォーマンス悪すぎだよ! もっと犠牲の少ない方法で」
ボ「あ! いい案思いついた! そもそも、ハアハアを聞かれなければ、痴漢と間違われないよね?」
ツ「うん! そうだね!」
ボ「なので息をしなくなるのはどう?」
ツ「死んでる! 犠牲少ないようにって言葉聞いてた? 最大の犠牲が出たよ!?」
ボ「死んだら逮捕されないね」
ツ「そもそも死んだら逮捕されるされないどうでもいいんだよ!」
ボ「おーけー。おーけー。つまり、できるだけ自分に影響なく、痴漢と間違われないようにしたいんだね?」
ツ「そうだよ! 自分に影響なくって前提言わないと分かんない?」
ボ「分からないね。話をするとき前提条件をしっかり確認するのは社会人の常識だよ? まったく」
ツ「社会人は話してる相手に死ねって言ったりしない!」
ボ「でもパワハラで自殺に追い込むヤツとかそうじゃない?」
ツ「お前、俺の悩み相談のときは全然頭回らないのに、言い訳のときだけすごい回ってない?」
ボ「そんなことないよ。全然違わないよ」
ツ「違うよ。お洒落な店の天井のファンと扇風機くらい回転数違うよ!」
ボ「百歩譲って違いがあったとしてもそこまでじゃないよ。お洒落な店の天井のファンとヘリコプターのプロペラくらいだよ」
ツ「分かりにくい例えやめろよ!」
ボ「え? なんで?」
ツ「ヘリコプターのプロペラの回転数めっちゃ早いイメージあるだろう!? 扇風機の弱より遅いのとか知らないから!」
ボ「分かった分かった。じゃあ、僕の本気見せてあげるよ。これで万事解決!」
ツ「すっげー不安だけど一応聞くね。どうやるの?」
ボ「今までの話を総括すると、エスカレーターの前の女性にハアハアを聞かれても痴漢と思われなくて、なおかつ犠牲がない方法ならいいんだね?」
ツ「ああ。でもこの程度で総括って言われるの納得できない。整理する必要ないだろう」
ボ「ならば! 女になる! これで解決だね!」
ツ「ある意味腕より大事な物失ってる! 犠牲がない方法って言ったじゃん!」
ボ「おいおい何言ってるんだい? 今の社会は男女平等だよ? つまり、男から女になっても同じ! 何の犠牲もない!」
ツ「何その超理論!? そんな机上の空論聞いたことないよ! そもそもそんな理屈通ってない! 股から大事なものがなくなってんの!」
ボ「そんなのあっても、モテないんだから使い道ないじゃん。無用の長物じゃん」
ツ「おおおおおい! 未来は分からないだろう!? 言っていいことと悪いことがあるぞ! 謝罪を要求する!」
ボ「先程、無用の長物と申しましたが、無用の短物が表現として適切でした。お詫びして訂正申し上げます」
ツ「全然謝る気ないな! むしろ喧嘩を閉店セールの勢いで売ってる!」
ボ「今の反応見るに女になるはお気に召さない?」
ツ「大事なもの失ってるからね!」
ボ「まあ、他者から見て無価値な物でも、本人にとって大事な物ってあるよね」
ツ「もうそれでいいから、なんか良い案くれよ。今のとこ、他者から見て無価値なのはお前の本気だぞ?」
ボ「いいでしょう。天才的な発想を見せてあげよう! 今までは如何にして外見の印象を良くしようとしていたけど、ここは逆転の発想でいこう!」
ツ「待ってくれよ。印象悪くするってこと? それだと余計痴漢に間違われない?」
ボ「そんなことないよ。想像してみて? 若い女性。その後ろにマスクしてめっちゃハアハア言ってるおっさんいます。……しかしここでおっさんが胸に手を当てて苦悶の表情を浮かべていたら?」
ツ「おお! 女性を見てハアハアしてるんじゃくて、胸の病かなんかで苦しんでる人に見える! これは痴漢と思われませんわ。むしろ心配されるね」
ボ「そう。おそらく周囲はこんな反応でしょう。『大丈夫ですか? これは……動悸、息切れ……更年期障害か!!』」
ツ「そんな老いてないよ!」
ボ「最初に老いを感じたって言ったじゃん」
ツ「俺は年を取ったって言ったけどね! てか更年期障害には見られたくない!」
ボ「じゃあ、次はハアハアしてても更年期障害と間違われない方法を考えよう」
ツ「もういいよ!」
二人「どうも、ありがとうございました」