3.農民、毒魔術師に気に入られる
リーダー格のデクターと呼ばれている男と、部下らしき男たちがひそひそと話を始めている。
俺を治癒してくれた女性も、不快感を露わにした顔に変わった。
倒れた状態で魔術師全員の存在を確かめられないが、魔術師は全部で五人ほどいる。
男二人と女三人といったところか。
俺を助け、話を聞いたデクターという男ならば、村を焼いたことに対して、素直に謝罪をしてくれそうな感じがある。
――そうでなければ、俺だけが理不尽な目に遭わされただけで終わってしまう。
そうと決まれば、この男に謝罪してもらうことにする。
「帝国の魔術師……のようですが、聞けばロザヴィ村を焼いたのはそちらの手違い。ただの農民である俺を死なせかけたのは問題なのでは?」
俺の言葉に、男たちが顔を見合わせて驚いている。
それもそのはずだ。
何も知らない村人を殺しかけたのだから。
全員揃って土下座してもらっても、足りないくらいだ。
「魔術師たちから、謝罪をしてもらいますよ」
ここまで言えば、事の重大さを理解しただろう。
俺には何の力も権力も無いが、支配下の村人――帝国の財産のようなものに傷を負わせた罪は大きい。
ここにいる魔術師たちが、素直に謝ってくれさえすれば大火傷の傷も少しは癒える。
「アハハハハッ!! デクター。これ、どうするの?」
男たちの反応よりも先に、女魔術師の一人が俺を見ながら大笑いしている。
しかも、"これ"呼ばわりで。
「アフラン……もしかしてだが、欲しいのか? その男は呪印を刻まれた――」
「魔力も力も何もかもがゼロなんでしょ? じゃあいらないよね?」
「直ったと思ったお前の悪いクセが、ここで復活とか笑えないな」
何やら勝手に言い合いをしている。
まるで俺が見えていないみたいにだ。
「魔術師デクターさん! 罪を背負いたくなければ……俺に謝罪を」
相手にされていなくとも、せめてリーダー格の男にだけは謝罪の言葉をもらわなければ。
そう思っていたが――。
「……なるほど。呪印が刻まれるだけの男のようだ。魔力もゼロ、知識も品性もゼロ……そうか、それならば」
「デクターさん。この男の処遇、どうするつもりで?」
「……フォルは黙っとけ!」
「すんません」
デクターという男は、俺を見ながら何かを思いついたように何度も頷いている。
そして後ろに控えている他の女魔術師の名を呼んだ。
「――リフィア! この男に強力な解呪魔法を唱えてみろ!」
何か分からないが、攻撃されてしまうような異様な雰囲気を感じる。
謝罪どころかこのままでは、トドメを刺されてしまうのでは。
せっかく大火傷の状態がマシになったのに、結局死んでしまうなんてそんなのはあんまりだ。
こうなったら命乞いを決めるしかない。
「お、お願いします、お願いしますお願いします!! 俺はロザヴィ村で暮らしていただけの農民です。帝国の魔術師様に手を煩わせる価値の無い奴です! どうかどうかどうかーー!!」
俺の悲痛な叫びを聞いたのが効いたのか、女魔術師は唱えを中断した。
だがそれがかえって、デクターという男の機嫌を損なわせたことになろうとは。
「ちぃっ、言葉を理解出来ない人間に憐れみをかけても、無駄か。リフィア! 下がれ」
どうやら俺の言葉が届いたらしく、女魔術師を下げてくれた。
しかし、この男からは不穏な感情が流れて来る。
「ねえ、デクター。消すんなら、あたしに~」
「……この男を放置しては、ロザヴィ村が下した"追放"の刻印も無駄となる。呪印の中身は不明だが、せいぜい炎への耐性くらい、か」
「デクター、早く決めて~! 待ちきれない!!」
謝罪どころか、俺をどうするのか決めかねているように見える。
俺を見ながら妖しく笑う女魔術師も不気味だ。
「仕方ない、アフラン。お前に今から休暇を与える! いいな、休暇だぞ? それが済み次第、戻れ」
「やったぁーー!! アハハハハ~! 楽しみ!!」
どうやら俺の存在は、こいつらからは認識されていないようだ。
謝罪の言葉も命乞いも、全く届いていない。
俺を唯一認識しているのは、危なそうな女魔術師ただ一人だけだ。
「よし、フォル、ローシャ、リフィア。ここから撤収するぞ!」
「ま、待て!! 待ってくれ! 俺に謝るどころか、相手もしないっていうのか!? 帝国のデクター!! 俺はあんたたちを――」
目の前で何事も無かったかのように、次々と魔術師たちが姿を消して行く。
女魔術師一人を残し、リーダー格のデクターがようやく俺に近付き声をかけて来た。
「呪印のフーヤ・オルル。理由も知らず、すまなかったな。これは"詫び"だ。受け取ってくれ!」
ああ、ようやく謝罪の言葉が聞けた。
しかもお詫びの印に何かを与えてくれるなんて、やはりこの魔術師は人間が出来ている。
「――じゃあ、デクター! よろしく!!」
「んなっ!? 何をするん――」
危険そうな女魔術師アフランが、俺の腕を掴む。
とてもじゃないが、凄い力でどうすることも出来ない。
「アフランとともに、毒沼の森ベーネムで絶えるがいい!! 《ディメンショナル・ベーネム》!」
デクターという男から放れた魔術をまともに浴び、そこで暗転した――。