2.農民、村ごと焼かれ治癒される
何か嫌な予感がする。
まさかと思うが、俺の家が燃やされているのではないだろうな。
呪印を刻まれてすぐに燃やされるなんてあり得ないが、妙な胸騒ぎがある。
牧草地よりも先に、家に帰った方がいいかもしれない。
自分の家がある場所は養豚場のすぐ真横だ。
養豚場に行くには、村の中央に流れている橋の無い川を渡らなければならない。
川を渡るには印を持つ者が、意図的に水流を止める必要がある。
「食糧倉庫から一番近い所にいるのは村長か」
うるさそうだが、声をかけるしか無い。
足取りは重いものの、すぐ近くの牛舎に目をやった。
「……あれ?」
いつもの光景である牛舎が見当たらないのは、どういうことだ。
しかも牛舎だけでなく、周りにあった作業小屋や村の集会所ですら視界に飛び込んで来ない。
見えるのは、跡形も無くなった窪んだ大地が広がっているだけだ。
「馬鹿な……どうしてこんな光景が」
しかも遠くに見えていた赤く燃え上がっていた空は、とうに消えている。
黒煙も既に立ち消えているようだ。
自分の家があった養豚場の辺りも川も、何もかもが無くなっているように見える。
一体ロザヴィ村に何が起こっているというのか。
しかしこの場で立ち尽くしてもどうにもならない。
そうなると、移動出来る所は食糧倉庫だけ。
仕方なく倉庫の方に進もうとしたところで、走ってもいないのに全身から嫌な汗が流れ出ている。
それもとめどない勢いで。
「――あ、ああああああ……熱い熱すぎる……や、焼けてしまいそうだ!! うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
この痛みはまるで自ら炎の中に飛び込み、体中に草刈り鎌を何本も突き刺したような、そんな疼痛の走りだ。
しかし不思議なことに、大火傷でありながら"死"が近い感じではない。
魔力も体力も無いのにどういうことなのか。
「おい!! そこのお前! 何者だ?」
かろうじて意識が残る中、どこから聞こえているのか分からない声が響いた。
とてもじゃないが、こうして息があるのがおかしいくらいだ。
相手の姿を見ることもままならず、返事も返せそうにない。
それなのに、俺に答えを求めて来ている。
「――ちぃっ、瀕死状態かよ。ローシャ! ここへ来い!!」
「デクターさま、な、何でしょうか?」
「そこに転がっている塊に治癒魔法をかけろ。今すぐにだ!」
「い、今すぐに!」
声のトーンからして、態度の悪そうな男と臆病そうな女といったところか。
何も見えないが、全身の痛みが急激に薄れて来ている感じがある。
これは魔法だろうか。
まだ視界ははっきりして来ないが、何かの音が両耳に届いて来る。
「やはり人間か。まさかと思うが、巻き添えをくらわしたってのか? どうなんだ、ローシャ!」
「そ、そのようです」
少しずつではあるが、視力も回復して来た。
耳と口が先に超回復したようで、ようやく自分の声を出せそうな感じだ。
「……だ」
「ああん? ちっ。聞こえねえ。おいローシャ、もっと強力な魔法をかけろ! 話せる程度にだ。さっさとやれ!!」
「――もうすぐ、です」
随分と横柄な男のようだが、悪い奴では無いのか。
俺を回復している彼女は怯えながらも、治癒魔法を必死にかけている。
そして――。
「よし、もういい! ローシャ、あいつらを呼んで来い!」
全身大火傷状態なのは変わらないが、切り裂かれるような痛みは消えた。
さっきまで開けられなかった眼も、ようやく開けられそうだ。
「――それで、お前は何者だ? ここにいたのはどういうつもりなのかを言え!」
「俺は……、ここの村……ロザヴィ村の農民」
「農民? ロザヴィ村だと? 廃村じゃなかったってのか!? あの野郎……調べもしねえで――」
ぼんやりとではあるが、男の姿が見える。
でかい目をさせながら睨んで話す男は、細身だが話しぶりから察するにリーダー格といったところか。
目の前の男は、どこかで見たことのある紋章をつけたローブを着ている。
まさか魔術師なのか。
ローブに気を取られていると、数人の足音が聞こえて来た。
どうやら他にもいるようだ。
「デクターさん、すんません!! ここは帝国支配下のロザヴィ村でした」
「じゃあ何か、ウリデレス帝国の魔術師が、支配下の村を試し撃ちで滅ぼしたってのか? どう始末つけんだ、あぁ!?」
治癒魔法をかけてくれた女性が、他にもいた数人の魔術師たちを呼んで来たようだ。
来て早々に怒られているっぽいが。
「ひっ! そ、そのことですが、魔力のある村人は避難したっぽく……ここにいたのは家畜だけのはずで」
「……この男のことはどう説明つけんだ?」
「男? ……何でまだ残って――む、これは……」
リーダー格の男に続いて、怒られている男も俺を眺め始めた。
ほぼ黒焦げで裸も同然なんだが、何とも言えない表情をされても困る。
「何だ? 何を見ている?」
「んん? 腹に呪印!? 呪印が刻まれているってことは……」
「何? 呪印だと? じゃあこの男は――」
何やら腹の呪印に気付いたようで、男たちはもちろん、他の女魔術師たちも顔を見合わせ始めた。
さっきとは違う不穏な空気だ。
これはどう考えても、嫌な予感しかしない。