第二百七十話 デザートビッグモール
階段を一気に駆け下り、二十八階層へと飛び出た。
そして背後から近づいてくる足音も近づいてきており、デザートビッグモールも俺達の後を追ってきているのが分かる。
「アルナさん、周囲に敵はいますか?」
「いる。前方から三匹の魔物とその更に奥から四匹の魔物がこっちに来ていて、左方向のすぐ近くにマンイートが隠れてる」
「これはかなり危険ですよ! 後ろから追って来ていますし、囲まれるように挟まれたら一巻の終わりです!」
「ですね、とりあえず安全に戦えるところまで離れましょう。気休めかもしれませんが粘着爆弾を仕掛けますので、アルナさんは案内をお願いします」
まさかの、下りてすぐ近くに魔物の反応があったということで、俺はパニックになりかけながらも指示を飛ばす。
この階層までほとんど魔物とは遭遇しなかったのに、一番嫌なタイミングで複数の魔物と鉢合わせてしまった。
デザートビッグモールも攻略を終えて切り上げようとしたタイミングだったし、本当に運がなさすぎる。
「了解。とりあえず魔物から離れるように移動するけど、後ろから追ってきてる魔物が近いから中途半端な位置になるかも」
「その時はその時です。当たり前ですが、アルナさんを責めませんのでよろしくお願いします」
俺の言葉に小さく頷くと、首を素早く左右に振って索敵をしながら先導を始めてくれた。
俺は二十八階層の入口前に四つほど粘着爆弾を投げたあと、最後方からアルナさんの後を追う。
予想していた通り、二十八階層は前の階層よりも砂嵐が酷く非常に視界が悪い。
焦っているということもあって、俺は前を追ってついていくのも精一杯なのだが、この状況下でも問題なく索敵ができているアルナさんは凄すぎるな。
「結構な数の粘着爆弾を入口に仕掛けたんですけど、そんなのお構いなしで追ってきてますね」
「分かってる。ちょっと本気で走るけど大丈夫?」
「大丈夫です! 私はついていきますよ!」
「俺も全力でついていきます」
背後から凄い勢いで追ってきているのを感じ取り、俺達もペースを更に上げて全力で距離を取りにかかる。
砂に足が取られながらも、顔にぶつかる砂に痛みを感じる速度で走ったこともあって、なんとか周囲に魔物の気配がない場所まで移動することが出来た。
「ふぅー。ここならとりあえず邪魔なく戦えるはず」
「先導ありがとうございました。邪魔さえ入らなければ倒せるはずです」
「……それにしても、デザートビッグモールの姿が見えないですね。途中まで追いつかれるぐらいすぐ後ろにいたと思ってたんですけど」
武器を構えながら背後を伺うが、ロザリーさんの言う通り確かに姿が見えない。
必死で逃げたため、上手く撒けたのかとも思ったその瞬間――。
下から凄い勢いで近づいてくる魔物の気配を感じ取った。
「砂の中です! 近づいてきてます!」
「分かってる。砂から顔を出した瞬間に射る」
「私も攻撃に出ます!」
声を張り上げて警戒を促し、砂中から近づいてきている魔物の気配を全力で辿る。
姿の見えない場所からの攻撃というのは非常に怖いもので、一気に冷や汗が吹き出てきた。
近づいては離れ、そしてまた近づいてくる。
フェイントを交えながら砂中で動き回っているデザートビッグモールにやきもきしながらも、正確に動きを追って感じ取り――。
「ロザリー!」
「ロザリーさん!」
俺とアルナさんの声が同時に発せられ、攻撃を仕掛けられたロザリーさんに対し言葉を飛ばす。
ロザリーさんもしっかりと感じ取っていたようで、素早いサイドステップから砂に飛び込むように体を投げ出して攻撃を回避。
攻撃をいなされたデザートビッグモールは、釣り上げられた魚のように砂中から空中へと勢いよく飛び出てきた。
その姿は黒光りしている一本角のようなものが生えていて、手と足からはギンギラに輝く爪が光っている。
そして体自体は全身が黒茶色の毛に覆われており、予想していたよりも獣のような見た目。
体躯に関しては、名前にビッグとついているがそこまで大きくはなく、ピークガリルの方が大きい。
「【パワーアロー】」
俺が砂から飛び出たデザートビッグモールについての観察を終えたタイミングで、アルナさんが【パワーアロー】をぶっ放した。
さて、どう対応してくるのか。
俺は警戒も兼ねて攻撃には参加せずに一歩引いて様子を伺ったのだが、様々な動きを想定した予想に反し、矢は何事もないかのように腹部へと突き刺さった。
「あれ、当たっちゃった」
「……地面に落ちた瞬間に一気に攻撃を仕掛けましょう」
アルナさんは矢が当たったことに意外そうな反応を見せ、俺も躱してくると思っていたため一瞬呆けてしまう。
だが、すぐに気持ちを切り替えて攻撃の提案をし、砂まみれのロザリーさんと共に落ちてきたデザートビッグモールに一気に近づく。
「絶対に油断はしないようにしましょう」
「大丈夫です! 油断するほどの余裕はありませんので!」
ロザリーさんにというよりも、自分に発破をかけてから攻撃を仕掛ける。
デザートビッグモールは背中から地面へと叩き落ちており、あまりにも無防備な状態で横たわっているため油断しそうになるが、情報ではボス級の強さを持つ裏ボス。
全力で殺しにかかる。
まずはロザリーさんが正面から斬りかかりにいき、俺は右から回り込むようにして別角度から攻撃。
ロザリーさんの一撃も俺の一撃も完璧に決まり、続けて二撃目に移ろうとしたところで、倒れていたデザートビッグモールは頭と腕をハチャメチャに振り回して近づけないようにし、無理やり体勢を整えてきた。
距離を取ったことで初めて正面から対峙するが、鳴き声もなく瞳もつぶらで見た目からは闘争心をまるで感じられない。
ただ、初っ端から矢を射られ、更には斬り裂かれたことで強者としてのプライドが傷つけられたのか、自身の爪を合わせるように強く弾き始めると、俺達に向かって一つ頷いてから狂ったように腕をぶん回し始めた。





