第二百六十七話 開戦
【青の同盟】アーメッド視点となります。
ルインの記事を出している『ラウダンジョン社』の記者が、俺のところにやってきてから二日が経過した。
あれからは俺達はダンジョンには潜らず、色々と戦闘の準備を整えて魔王軍の襲撃に備えていたのだが……どうやらその時がやってきたらしい。
宿の外から聞こえる騒がしい声で俺は目が覚める。
最初は理不尽に起こされたせいでイライラが爆発しかけたが、すぐにその声の異様さに気が付き、『襲撃』の文字が頭を過って冷静になった。
そしてそれと同時に、俺の部屋の扉がダンダンと何度も強く叩かれる音が耳に飛び込んできた。
「エリザ! 早く起きてくだせぇ!! もう街が魔物に囲まれてるんでさぁ! エリザ、早くしてくだせぇ!!」
壊す勢いで叩かれるドアと騒々しいスマッシュの声が聞こえ、せっかく冷静になれたのにイライラが再び募ってきた。
スマッシュにイライラしながらもベッドから這い出た俺は、問いかけに応答するよりも先に着替えを済ませる。
「エリザッ! 早く起きてくだせぇって! ……入りやすぜ!」
急にドアを叩く手を止めたかと思うと、ノータイムで扉を開けてきたスマッシュ。
着替えを済ませた俺と目が合い、汚いハゲ面がすぐに満面の笑みへと変わる。
「なんでさぁ! 起きてるなら返事してくだせぇ。それじゃ外に――」
「朝からうっせぇし、エリザって呼ぶなって何回言えば分かるんだッ!」
何事もなかったかのように外へ出ようとするスマッシュの頭に、俺は思い切りゲンコツを食らわせる。
綺麗に膝から崩れ落ちるスマッシュを横目で見つつ、俺は部屋を出て宿の外へと向かう。
宿の店主や客の姿などは既に一人も見当たらず、外とは違って異様な静けさの宿を出ると、入口にはディオンの姿が見えた。
「アーメッドさん、おはようございます。今朝方、魔王軍らしき軍勢が襲ってきました」
「そのようだな。状況はどんな感じなんだ?」
「まだ正確な情報は分かりませんが、話では2000匹に近い魔物がこの街を囲っているとのことです」
「へー、2000か。意外と少ねぇな」
「いやいや、ランダウストの兵士は200人程度ですよ。冒険者の数はそれよりも多くて1000人ほどだと思いますが、大半は低層をループしている冒険者ですから戦力は兵士と同程度。正直、想定していたよりも魔物の数が多すぎます」
ダンジョンがあるせいで冒険者が多く、そのせいで兵士の数が少ないランダウスト。
冒険者が1000人いるとしても、この戦いに参加する冒険者は多く見積もって500~600人ってところだろうな。
2000対700で数は圧倒的に負けてるってことか。
「心配すんな。俺が最低でも200匹は倒してやるから安心しろ」
「……弱い魔物だけでしたらそれでいいんですけどね。一昨日酒場で話した『ラウダンジョン社』の記者さんの話を覚えてますか?」
「ん? ルインが俺を褒めてたってことか?」
「はぁー。……その話ではなく、力を持った大蛇と魔人を見たと言っていた話です」
「そういえば、そんなこと言っていたな」
「私の勝手な憶測ですが、魔物の軍隊をまとめている将軍級の魔物がその大蛇や魔人だと思うんです。記者さんが言っていた通り力は持っていると思いますから、その将軍級の魔物と戦うのがアーメッドさんの役割になると思います」
力を持った大蛇や魔人。
ダンジョンのボス級の力を持っているとしたら厄介だし、そこらの兵士や冒険者では足止めにもならねぇか。
雑魚敵を薙ぎ払いまくりたかったが、まぁ強い敵とやれるのも悪くねぇな。
「……なんでそこで笑うんですか。感情が分からなすぎて魔物なんかよりも怖いですよ」
「うっせぇよ! 強い奴とやれるんだぜ? 誰だってワクワクすんだろうがッ!」
「全然しません。私は今すぐにでも逃げたいくらいですよ」
「男の癖にだらしねぇ奴だな。おら、さっさと魔物倒しに行こうぜ」
苦笑いしているディオンにそう言い放ってから、俺はルンルン気分でランダウストの門へと歩き始める。
それからすぐに、後ろの方からようやく立ち直ったであろうスマッシュの泣き言が聞こえてきたが、俺の耳には一切入ってこなかった。
「へっへっへ。こりゃすげぇ光景だな」
「なんか一気に気持ち悪くなってきました」
「あっしもですぜ。なんでやすか、この地獄絵図は」
既に攻防が始まっているのか人の死体がちらほら転がっていて、魔物の侵入は防げているようだが、空から飛来する魔物の姿はランダウスト内に数十匹見える。
臭いも死臭なのかそれとも魔物の臭いなのか分からないが、鼻がもげそうな酷い臭いが辺り一帯に充満していた。
「二重の門なのもあって、まだ破られてはいないみたいですね。情報が広まっていたお陰ですぐに門を下ろせたのが大きいのでしょう」
「そんなことより、さっさと外に出ようぜ! 魔物狩りだ」
「いやいや! まだ中で待機してやしょう! この間の記者が敵将の位置が分かり次第、あっしらに伝えに来るって言ってやしたから!」
「そうですね。力を温存っていう訳ではないですけど、敵将の位置を把握してからでも遅くはないですよ」
「ッチ。てめぇらが戦いたくないだけじゃねぇのか?」
門から外へ出ようとする俺を、必死に止めてくる二人。
少しでも数は減らしておいた方がいいだろうし、敵将が見つかるまで軽くぶち殺してやりてぇんだがな。
「もちろん戦いたくはないですけど、襲ってきているのに逃げようとは思ってませんよ。ランダウストを占拠されたら、今ダンジョンに潜ってるルイン君が戻った時に襲われちゃいますしね」
「あっしもルインを置いて逃げれやせん。……まあ、あっしらもダンジョンの中に逃げれば解決なんでやすがね」
「へへへ。お前らもやる気なら問題ねぇな! 俺はルインを守るとかじゃなく、ただ戦いたいだけだが!」
そう。今ダンジョンに潜っているルインに危害を加えさせない目的も、ほんの少しだが戦う理由にある。
あと少しで『俺達に追いつく』という約束が達成され、ルインと一緒に冒険出来るようになるんだからな。
どんな理由か知らねぇが、いきなり襲ってきた魔物共なんかに邪魔されてたまるか。
俺は今にも暴れたい気持ちを抑えながら、例の記者が来るまで戦況を静観し続けたのだった。





