第二百六十三話 トラウマ
「ロザリー、邪魔」
「す、すいません!」
「いいから、後ろ下がって」
戦闘の最中、アルナさんの叱咤が飛ぶ。
とうとうサブアタッカーの位置から外され、後衛の位置にいるアルナさんの更に後ろへ下がるよう指示されてしまった。
戦闘外では気を使っていても、戦闘中となるとアルナさんも容赦はなくなるため、後ろに下げられたロザリーさんの様子が気になる。
ただ、今は目の前の魔物に集中しなければ、先ほどのパラライズスネークと同じ轍を踏むことになってしまう。
「ルイン、アイアンスコーピオンが左から。右からはブラックコブラ」
「了解です。アルナさんはアイアンスコーピオンの足止めをお願いします」
後衛から一気に位置を上げたアルナさんの指示を聞きながら、俺はブラックコブラと対峙する。
小さく群れているパラライズスネークとは違って、四メートルは優に超える巨大な蛇型の魔物。
とぐろを巻いているため一見あまり大きいとは思えないのだが、近づいた瞬間に体を伸ばして巻き付き、絞めつけながら毒の牙で一気に獲物を仕留める凶悪な魔物。
パワーとスピードも兼ね備えている、砂漠エリアで一番気を付けなければならない魔物とも言える。
目の前の魔物についてを頭の中で整理しつつ、ホルダーから粘着爆弾を手に取り短いモーションで投げつけた。
当たれば勝負は決すると思って投げたのだが、ブラックコブラは俺が粘着爆弾を手から離すよりも速くに移動を開始し、難なく躱されてしまった。
粘着爆弾は不発に終わったが……今の反応速度から考えると、ブラックコブラは目で視ていない可能性があるな。
何を使って周囲を認識しているのか分からないが、この反応速度は魔力か何かで把握している可能性が非常に高いと感じる。
今の僅かな攻防でそこまで考えが至った俺は、攪乱するために一度距離を取って素早く移動を始めた。
精度と範囲は比例しないはず。
そんな俺の予感は的中し、ブラックコブラは横の動きにはかなり弱いようで、高速で左右に移動する俺に対する反応が全く追いついていない。
アイアンスコーピオンの方はアルナさんが一人で押さえられているようだし、少し時間をかけて不意を突きながら戦っていくか。
それから、視野角の極端に狭いブラックコブラ相手にフェイントも織り交ぜながら、背後を突いての一方的な攻撃を繰り返し、最後は逃走しようとしたところに粘着爆弾を当てて動きを完全に封じ、とどめを刺して完勝。
全てにおいてレベルの高いブラックコブラに一時はどうなるかと思ったが、終わってみれば難なく倒すことが出来た。
「おつかれ。手出ししようか迷ったけど、余裕だったね」
「お疲れ様です。アルナさんも二匹のアイアンスコーピオン相手に余裕の勝利でしたね」
「ん。一見、全身が硬い甲羅みたいなもので覆われてるように思えるけど、節の部分は安定して脆かった。私からしてみれば余裕」
「アルナさんは近距離戦も遠距離戦も強いですからね。流石ですよ」
「それよりも……ロザリー」
急に俺との話を止め、アルナさんが振り返りながら名前を挙げると、ロザリーさんは体をビクッとさせた。
かなりの申し訳なさを感じているようで、今までで一番体を小さくさせている気がする。
「ほ、本当にすいませんでした」
「謝罪はいらない。戦闘に集中できていない理由を聞かせて」
「そ、それは……」
「アルナさん、ロザリーさんはこのエリアにトラウマが――」
「ルインは黙ってて」
原因が明確に分かっているため、俺はロザリーさんを責める気にはなれずに庇おうとしたのだが、アルナさんにピシャリと止められてしまった。
「ロザリー。今の状態から変わらないなら、私は一緒に攻略を続けていくことは出来ない」
その言葉にロザリーさんは驚愕した表情を見せ、徐々に絶望の色へと変わっていく。
俺は今のメンタル状況でロザリーさんを追い詰めるのは得策ではないと思っているが、アルナさんを信じ黙って話に耳を貸す。
「この間の話し合いで私たちを信じてると言ったのは嘘だったの? 二十三階層で大丈夫と言っていたのも嘘?」
「い、いえ! 嘘じゃない……です。た、ただ、このエリアに足を踏み入れた瞬間に、パーティが壊滅させられた時のことが脳裏を過ってしまうんです」
「前に聞いた。初見でエレメンタルゴーレムをギリギリ突破。そのままこのエリアに突っ込んでロザリーともう一人以外は全員死んだ。そうでしょ?」
「……………………」
その言葉を聞いた瞬間、鮮明に思い出したのか一気に顔が青ざめた。
この間の話によると、エレメンタルゴーレム戦でのダメージが大きすぎたため、戻るという選択肢も取れずに一縷の望みをかけてそのまま砂漠エリアに突入。
ただそんな望みも空しく外れ、魔物と碌に戦闘も出来ずにこの暑く足の取られるエリアをひたすら逃げることとなり……体力の切れた仲間が一人、そしてまた一人と魔物に殺されていったと話していた。
幸い、エレメンタルゴーレム戦での傷が浅く体力の残っていたロザリーさんともう一人のメンバーは、偶然二十四階層を通りかかった他のパーティと遭遇したことで一命を取り留めた。
命は助かったから良かったものの、助けることも出来ずに仲間が一人ずつ殺されていくのは想像するだけでも苦しいし、自身の命の危機も鮮明に感じたと思う。
実際に他のパーティと遭遇していなかったら、ロザリーさんも他のパーティメンバー同様に死んでいただろうしね。
だからこそ、俺はゆっくりと慣れさせてあげたいという気持ちが強いのだが……。
「同情の余地はある。ただ、戦闘が始まったら関係ない。ロザリーが集中できなかったことで魔物にやられる可能性が大幅に上がる。さっき、ルインがパラライズスネークに噛まれたのだってルインは庇ってたけどロザリーのミス」
「………………」
「私達を信用してくれないのなら、私達もロザリーを信用することはできない」
「信用してないわけじゃないっ! ……です。決して、信用してない訳じゃないんです。ただ、どうしても嫌な記憶が頭を過ってしまうんですよ」
心の底から叫ぶようなロザリーさんの言葉。
俺にも痛いほどよく分かる。
俺の経験した体験はロザリーさんなんかに遠く及ばないけど、今でも治療師ギルドに働いている夢を見て飛び起きるし、植物の鑑定をしている時にふと思い出して気持ち悪くなるときもある。
治療師ギルドの全てが解決した今でも思い出すんだから、ロザリーさんがこの地形を見て、不意に思い出してしまうのは痛いほどよく分かるのだ。
「だったらそれを言葉にして伝えるのがパーティメンバー。……仲間じゃないの?」
アルナさんからの意外な一言に、俯いていた顔をハッと上げたロザリーさん。
「別に思い出してしまうのは悪いことじゃない。理解しているし責める気もない。ただ、それを言葉に発しなければ伝わらない」
「そ……うですね。黙って勝手に抱え込んでいたのが悪かった……」
「言葉にしてくれれば私とルインなら対応できる。そのことはロザリーも分かっていると思ってる」
「……はい、私はお二人の力を信じています。アルナさん、ルインさん申し訳ありませんでした」
「分かれば問題ない。ただ、また黙って下手なミスしたら何度でも責める」
「もちろんです。……アルナさん、はっきりと伝えてくれて嬉しかったです」
まだ表情が纏まらずぎこちないけど、ロザリーさんはそう言ってアルナさんに笑いかけた。
ロザリーさんは過去と向き合いながらの攻略になると思うけど、そこは俺とアルナさんが支えればいいだけ。
言葉にさえしてくれれば対応だって出来る。
アルナさんがこんな言葉をかけるとは思わなかっただけに、俺の心にもかなり響いた。
この一件で勝手にだが、俺は急造パーティから本当のパーティになれた気がした。





