5.簪と、記憶。
「エリオさんが戻ってきたんですか!?」
しばらくして、リナが慌てた様子で宿にやってきた。
肩で息をしている彼女は、壊れた建物の中をしきりに見回している。そして、すでにエリオさんが去った後だということを確認して、肩を落とした。
寂し気な表情を浮かべて、強く拳を握りしめる。
「リナ……」
あまりの落胆ぶりに、どう声をかけたらいいか悩んでしまった。
自身の姉との繋がりを持つ、その最期を知る相手――リナにとってのエリオさんは、特別な存在に違いない。ボクはまた倒れたアルナの介抱をしながら、眉をひそめた。
どうすればいいのか。
どうすれば、エリオさんを救うことができるのか。
それを必死に考えていた時だった。
「ん、リナの髪飾りって……」
ふと、少女の髪にある飾りが気になったのは。
「私の、髪飾りですか……?」
「それって、もしかしてこれと同じものなのかな」
ボクはエリオさんが反応を示した髪飾りを取り出し、リナにみせた。
彼女も髪飾りを外して、こちらに差し出してくる。
すると、すぐに分かった。
「これって、もしかしてリナのお姉さんの……?」
二つは微妙に異なるものの、まるで双子のようにそっくりだと。
こちらの問いかけにリナは首を縦に振る。
そして、こう言った。
「はい、お姉ちゃんの形見です。それは、まさか――」
震える声で。
「エリオさんの、髪飾りですか……?」
◆
『まったく、エリオさまも女の子なんですから! 見た目には気を遣わないとダメなんですからね。ほら、こっちにきてください!』
『いや、あの……セナ? アタシは、本当にこういうのは……』
『だーめーでーすー! 前にも言ったはずですよ、エリオさまは美人さんなんですから! 綺麗にしていないと罪です!』
『罪って、そんな大げさな……』
楽しい会話が、聞こえてくる。
『ほら、先日買った簪があるでしょう? 髪を結ってあげますから、こっちにきてください。そして大人しく、言う通りにするんですよ!!』
『わ、分かったから!』
懐かしい声。
『はい、これで完成です!』
『う、うぅ……。やっぱり、恥ずかしい……!』
『そんなことないです。エリオさま、やっぱり綺麗です!』
大好きな彼女の、笑い声。
目頭が熱くなった。
『そんな、ことない。それを言うなら――』
素直になれないアタシは、彼女にこう告げる。
『セナだって、可愛いのに……』――と。
◆
「………………」
エリオは闇の中で目を覚ました。
懐かしい、願いの欠片を見ていた気がする。これは――。
「セナ、本当に……」
願ってやまなかった未来。
ずっと一緒にいたかった一人の少女との、儚い記憶。
エリオは血の涙を流しながら、無我夢中に、中空へと手を差し伸べた。
「会いたい、会いたいよ。セナ……!」
すすり泣く声が、響き渡る。
だが、それを聞く者は誰もいない。
聞き届ける者は、もう遠くへ行ってしまったのだから。




