2.もしもの話。
「え、あの赤髪の女剣士さんの名前?」
「はい。一番に助けていただいたのに、お礼を言えていないので」
宿のエントランスで雑談をしていると、不意にリナがそう訊ねてきた。
ボクはとくに警戒することなく答える。
「あの人は、エリオさんだよ」――と。
すると、びくりと少女の肩が弾んだように見えた。
「エリオ……」
そして、何か思うようにして繰り返す。
リナのそんな様子に、ボクはさすがにおかしいと思って首を傾げた。
「どうかしたの?」
「い、いえ! なんでもありません! ただ――」
「……ただ?」
なので訊ねると、どこか沈んだ表情で彼女は言う。
「もしも、ですよ?」
意を決したように。
「クレオさんは、自分の仲間が誰かの仇だとしたら――どうします?」
そう、こちらを試すようにして。
彼女の言葉にボクは逡巡し、顎に手を当てて考え込む。しばしの間を置いてから、その中でもこれしかないだろう、というものを選んだ。
そして、慎重に言葉を探して伝える。
「まずは、理由を聞くかな。どうして罪を犯したのか、ってね」
「………………」
リナはボクの話を黙って聞く。
「そして、それが取り返しのつかないことなら。一緒に手を取り合いたいと思うんだ。仲間って、そういうものだと思うから」
「それじゃあ、もし――」
だが、そこで彼女は口を挟んだ。
一つ息をついてから、まっすぐにこちらを見て言う。
「あのエリオさんが、私の姉を殺していたとしたら……?」――と。
悲しい目だった。
ボクはそんなリナの目を見つめ返して、頭を撫でる。そして、
「大丈夫だよ。仮にそうだとしても――」
最大限の笑顔で、告げる。
「――エリオさんは、理由もなく人を殺める人じゃない」
◆◇◆
――私には、正直分からなかった。
憎い感情があるのは確かだ。唯一の肉親を奪われた憎しみは、耐えられぬもの。
それなのに、どうしてだろうか。私には彼女があの時、泣いていたように見えたのだ。涙は流さず、淡々とした口調だったにもかかわらず。
あの人は、泣いていた。
姉の亡骸を抱きしめながら、深い悲しみに包まれていた。
「お姉ちゃん……」
形見として渡された、かんざしを見る。
安っぽい装飾だが、とても大切な姉の生きた証明だった。
「本当は、なにがあったの?」
私はそれに問いかける。
街の中でふと立ち止まって、空を見上げた。
もしかしたら、私はまだ何か大きな見落としをしているかもしれない。
「話してみよう、エリオさんと……」
踵を返す。
そして今一度、彼女と話すために宿を目指すのだった。




