2.決闘の約束と、クレオの思惑。
「あのね、キーン? ボクは別に剣術が一番得意ってわけじゃないんだよ。そりゃ、人並み以上にはできるかもしれないけど、悪目立ちはしたくないんだ」
「す、すみません……」
ダンジョンを探索しながら、ボクはエルフの青年に淡々と説教をする。
腕に覚えがないわけではないけれど、キーンの触れ回った噂は少しばかり行き過ぎていた。この街一番だなんて、そんなわけがないのだから。
現にこの王都の騎士団には世界最強の剣士と呼び声高い、アルナという壁があるのを知っていた。彼とはクラスこそ違えど同学年であり、天賦の才と呼ばれるその剣技には、学園在学中に幾度となく弾き返されたのだ。
そんなアルナは、卒業後まもなく騎士団の副団長に任命されている。
二番手だったボクは完全に陰になり、見向きもされなかった。
「とりあえず、次からは気を付けてね? 勘違いされたくはないんだ」
ボクはそこまで考えてから、自分が情けなくなってそう話を終える。いまはもう昔の話で、冒険者として好き勝手に生きると決めたのだから、忘れてしまおう。
そう思って、飛びかかってきたリトルデイモンを無詠唱魔法で撃退しつつ、先を急ぐことにした。そうして歩くこと小一時間。
「おや? ――キミは、今朝の少年ではないか」
「あぁ、エリオさん。一人でダンジョン探索ですか?」
思わぬ人物に遭遇した。
それは、先ほどギルドでボクを探していた軽装の剣士――エリオさん。その綺麗な顔に微笑みを浮かべると、こちらに歩み寄ってきた。
「少しばかり肩慣らしだ。クレオと相対する前に、準備を怠るわけにはいかない」
「あ、あははー……。そうですか……」
肩を鳴らすエリオさんに、思わず苦笑い。
まだ、諦めてなかったらしい。そのことに冷や汗を流しつつ、ボクは頬を掻いた。
「ところで、キミの名前を聞いてなかったな……」
「え、あ……! ボクはダンって言います!」
「なるほど、ダンくんか」
「は、ははは……」
思わず父親の名前で誤魔化してしまった。
だが、構わないだろう。ここで、誰かがヘマをしない限りは――。
「あ、どこに行ったかと思えば! クレオさ――」
「わーっ!? わーっ!!」
――キーン、ここでやらかすのか、キーンっ!?
ボクは遅れてやってきた彼の言葉を遮るようにして、思いっきり声を上げた。そんなこちらの様子に気付いたらしいエルフは、ハッとして口を塞ぐ。
肩で息をしながら、ボクはエリオさんの方を見た。
「む……? いま、知った名前が出たような――」
「気のせいです! 絶対、気のせいです!!」
すると、顎に手を当てて考え込むように言う。
どうやら幸いなことに、ボクの本名は聞かれていなかったらしい。そのことに、ホッと胸を撫で下ろした。バレて決闘とか、面倒くさいことこの上ない。
好き勝手に生きると決めたのだから、せめて平穏無事にやらせてほしかった。
「ふむ、気のせいか。ところでクレオくん? 一つ良いかな」
「はい、なんでしょう――――あ」
「………………」
「………………」
と、気を抜いた瞬間。
何気なく発せられたエリオさんの一言に、普通に返事をしてしまった。互いに顔を見合わせるボクとその人との間に、沈黙が降りてくる。
これはもう、言い訳のしようがなかった。
とりあえず苦笑い。
「ふむ、ではクレオくん。改めて――決闘、受けてくれるか?」
満面の笑みを浮かべる、エリオさん。
どうやら、もうこれ以上の言い逃れをすることは出来ないようだった。
「分かりました。でも、条件があります」
なので、ボクはこう提案する。
「こっちが勝ったら、一つ言うことを聞いて下さいね?」
エリオさんはそれに頷きながらも、不思議そうな表情を浮かべた。