バレンタイン特別短編。~想いを伝える日~
特別短編です。
気楽にどぞです。
――これは本編とあまり関係ありません。
時系列も特に意識しませんので、気楽にお読みください。
「今年こそ、クレオの心を掴んでみせますわ……!」
「ふえ? どうしたです、マリンさん?」
ある日の朝。
シンデリウスの屋敷では、そんなやり取りが行われていた。
マリンが朝早くから厨房に立ったかと思えば、腕まくりをしながらそう口にしたのだ。朝食を作ろうとしていたマキは、偶然にもそこに居合わせたのである。
「ふ、ふふふっ……! マキ、世間ではこの時期に催される行事がありますの」
「行事、ですか……?」
「えぇ、その名も――」
ひとまず、トーストを取り出した妹に。
現当主となったマリンは、力強くこう宣言した。
「恋の主戦場――バレンタインデー、ですわ!」
◆◇◆
「……なるほど。恋する女性が、相手の男性にチョコレートを贈る、と」
「その通りですわ! マキにも、好きな殿方の一人いるでしょう!?」
「ふえぇ、あの……! そ、それは……!」
一通りの説明を終えて。
マリンは、マキにそう迫っていた。
姉の勢いに妹はしどろもどろになりながら、最後には視線を逸らす。
そして、苦笑いしながら。
「あ、あはは……! お父さんに、あげたいですね!」
苦肉の策。
ひとまず無難な選択肢を取った。
「なるほど、ゴウンさんですか。日頃の感謝を伝えるのも、悪くありませんね」
「で、ですよねぇ! 一緒に作ってもいいですか?」
「構いませんわ! 頑張りましょう!」
「あ、あはは……」
どうやら、上手くごまかせた模様。
マキは心底安堵し、胸を撫で下ろした。
だが、ふと思い出してマリンにこう訊ねる。
「クレオさんに、贈られるんですよね?」
「えぇ、もちろんですわ!」
すると、とにかく意気込んだ返答があった。
しかしながら、だからこそマキには不安になる要素があった。
「もしかして、クレオさん――」
そして、思わず口にしてしまった。
「パティシエとしての腕も、凄かったのでは……」――と。
「…………」
「…………」
舞い降りた沈黙。
ちなみにマリンは今、チョコレートを溶かそうと『直火』に当てようとしていた。この時点で間違えているのだが、スイーツに携わった経験のない二人は気づかない。それよりも、クレオの方が上手である、という事実が重くのしかかっていた。
「た、たしかに。クレオは調理実習で、いつも……!」
がくり、なにかを思い出したのか。
マリンは膝から崩れ落ちた。
「えっと、でも! こういうのは気持ちを贈るものでは!?」
「フ、フォローはいりませんわ……」
さめざめと泣くマリン。
必死に呼びかけるマキではあったが、心の折れた聖女を立ち直らせるのは難しかった。もはやここまで、そう思った時だ。
「あん、どうしたんだ二人とも……?」
何故か、ゴウンがその場に現れたのは。
彼は調理場に入ってくると、軽く首を傾げるのだった。
「お父さん、その……」
「もしかして、バレンタイン、ってやつか?」
「そうなんですけど、その……。マリンさんが……」
ゴウンは娘の言葉を聞いて、空気を読んだらしい。
そして、少し考えてからこう笑った。
「気にすんな! 男は形よりも心がこもったチョコが好きだからな!」
「ゴ、ゴウンさん……!」
マリンは視線を上げて、伯父の顔を見る。
それに対して彼はこう告げるのだ。
「なんなら、俺様がチョコの作り方を教えてやるよ!」
あまりにも意外な申し出。
しかもどこか自信ありげな表情に、マキとマリンは顔を見合わせた。
「…………え?」
「…………え?」
そして、声を揃えるのだった。
◆
――果たして、バレンタイン当日。
「やはり、クレオは知り合い全員に完成度の高いチョコを……!」
「ですね……。一口食べましたが、ほっぺが落ちるかと……!」
最愛の相手であり、最大の敵である彼はやはり強かった。
だが、ここまできて後には引けない。
「おう、お前ら。シャキッとするんだ」
「お父さん……」
「マキ。たしかに、ここまできたら――」
ゴウンに背を押されて、マリンは一つ深呼吸。
そして、大きく頷いた。
「わたくし、行ってきますわ!」
クレオに向かって駆けだす聖女。
マキはあのように言った手前、クレオには渡せない。
しかし今の彼女には、それ以上に気になることがあった。
「あの、お父さん?」
「なんだ、マキ」
「お父さんのチョコって、誰にあげるものなのですか?」
それとは、ゴウンの手にあるチョコレート。
彼の調理はどこか手慣れていた。もしかしたら、少なくとも数回はこうやってチョコを作ったことがあるような。そんな雰囲気だった。
その真偽はともかくとして、マキは理由が知りたかった。
「あぁ、そうだな。お前も、来るか?」
ゴウンはマリンの方へと視線を投げて。
ふっと、その光景に笑むのだった。
「あの、どこ行くんです?」
「あぁ、それはな――」
そして、愛娘の問いかけに静かに答える。
「ナキ――お母さんのところ、だよ」
◆◇◆
バレンタインは、自分の気持ちを大切な者に伝える日。
感謝であり、恋慕であり、その他にも多くの感情があるだろう。
とある墓前に、二つのチョコが置かれていた。
どちらもお世辞に上手とは言えなかった。だが、心のこもった贈り物だ。
『ナキ・オルザール――ここに眠る』
墓標に刻まれた文字。
ほんの少しだけ吹いた冷たい風も、どこか優しく感じる。
こんな日があっても、いいのかもしれない。
誰かに想いを寄せる一日。
どうか、多くの人に幸多からんことを祈って……。
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