1.来訪者。
「ふぅ、今日はこれくらいにしておこう」
エリオは滝の前での、一日の鍛錬を終えて帰り支度をしていた。
クレオにはまだまだ及ばない。だが、それでも少しずつ前進している実感はあった。無理矢理に霧の中を進んでいたような、以前とは大きく違う。
いまはもう、曖昧な目標ではない。
クレオという、身近に手本とできる素晴らしい人物がいた。
「それに、少しでもいいから恩を返したいから……」
彼のことを考えて、ふと自然にそんな言葉が漏れる。
無意識に出ていたそれだったが、だからこそエリオの本心だろう。彼女はクレオという少年を、素直に尊敬していた。いつも輝いて見える、彼のことを。
もしかしたら、それはエリオにとっては初めての感情かもしれなかった。
「ふふ。いや、それではマキに悪いな」
そこまで考えて、気持ちを切り替える。
少女に戻りかけた心を、剣士の心に入れ替えるのだ。
自分はいまの関係で十分だと、嘘偽りなく、そう思っているのだから。
「さて、それじゃ――」
ガリアに帰ろう。
そう思って、荷物を抱え上げた。その時だった。
「こんなところにいたのか――エリオ」
「――――――!?」
心臓をわしづかみされるような、そんな聞き覚えのある声がしたのは。
エリオは声のした方を振り返った。すると、そこには一人の男性が立っている。短い赤の髪に、青の瞳。東方の国で着用されている衣服に袖を通していた。
腰には剣を携え、腕を組んでいる。
「お前は、自分の立場を分かっているのか?」
エリオを知る初老の男性は、まるで呆れたようにそう口にした。
いまの彼女の在り方を責めるように。
「時間がない。いつまでも、好き勝手に生きられては困るのだ」
そして、淡々と逃げ道をふさいでいく。
対してエリオは瞳を震わせて、明らかに動揺している。
狼狽える少女の、その感情には興味がないらしい。男性はあまりに冷たく失笑し、一歩、また一歩とエリオに迫ってきた。
抵抗のできない相手に、剣を振り下ろすかのように。
「お前は、自分の役割を果たせ。分かったな?」
「………………」
最後は、彼女の肩に手を置いて。
静かな口調でそう言った。
「分かり、ました――」
エリオは、泣き出しそうな声で答える。
その表情はもう、先ほどまでのエリオのそれではない。
「――――――お父様」
以前のエリオ、そのものだった。




