1.アルナの道が決まった日のこと。
「くは、ギブ! 参った!!」
――アルナは思い出す。
なんでもありの模擬戦において、自分がクレオに完敗した初めての日のことを。
剣術の才覚では負けることを知らなかった。しかし、クレオの体術に魔法、そのほかにも色々な要素において、アルナは何をとっても及ばない。
そのことが悔しく、しかし同時に嬉しくもあった。
自分にここまでの屈辱を与える人間など、今までいなかったのだから。
「……ったく、ホントにクレオはすげぇよな」
「あはは、そんなことないよ。ボクは何をやっても二番だし……」
汗を拭いながら、素直に相手を褒めるアルナ。
しかしその相手は軽く笑うと、褒め言葉を社交辞令であるかのように受け取った。この態度に嘘や偽りがないのが、またたちが悪い。
クレオは本気で自分は大したことがないと、そう思っているのだ。
そんなことはない。彼は間違いなく、一流だった。
「自信持てっての……あー! それにしても、負けたなぁ!!」
あるいは、それが分かるのは自分もまた一流だから、なのかもしれない。
アルナはそんなことを考えながら、その場に転がって天を仰いだ。
訓練場から見える空は、青く澄み渡っている。
「たまたま、だよ」
「どこがだよ。俺の完敗じゃねぇか」
そうしていると、クレオもまた隣に転がった。
あまりに嫌みのない言葉に、苦笑しながらアルナは答える。
「………………」
そして、ふと考えた。
いまはまだ、自分たちは学園生だ。
しかしこの先、卒業後には国を背負って戦わなくてはならない。
「なぁ、クレオ……?」
「ん、どうしたの? アルナ」
「お前さ、学園を卒業したらどうするつもりだ?」
自分は騎士団に入ることを切望されてた。
その中で、エキスパートではないクレオのような生徒は、目を向けられない。この王都の選定基準は間違っている。彼こそが真に評価されるべきなのだ、と。
アルナはそう思って、黙ったままのクレオにこう告げるのだった。
「俺は、お前の下で働きたい」――と。
そこには、アルナの嘘偽りのない気持ちが表れていた。
上に立つべき人間が、そこに至るべきだと。クレオは自分以外にも、リリアナやマリンにも認められている。それだけではない。
すべての分野において、それぞれのエキスパートが認める存在だ。
なのだとしたら、そんな存在こそが認められ、自分たちを率いるべきだった。
「ううん、それはできないんだよ。きっと、ね」
「…………そう、か」
だがしかし、クレオにはその気はない。
いいや、その可能性を考えることすらできないのかもしれなかった。リリアナは国王を説得してくれたが、多くの大臣たちなどは、理解を示していない。
まだ、時間がかかる。
そう――この、真の王者たる人物が、自分たちを率いるには。
「よし、決めた!」
だからアルナは、大きく声に出して決意を固めた。
「え? なにを?」
「いいや、お前はその時まで待っていればいいさ」
立ち上がって、アルナはクレオに微笑みかける。
彼は決めたのだ。――自分もリリアナのように、国を内側から改革する、と。
「きっと、いつかお前の力がガリアには必要になる。それは間違いない」
そのためなら、自分は頑張れる。
尊敬を抱かざるを得ない、このクレオという少年のためなら。
「だから、その時は手を取ってくれ」
アルナは、そう考えて笑った。
いままで理由なく剣を振るってきた彼が、初めて見つけた主君たる人物。その人のためならば、どんなことでも苦ではない。
まだ自覚のないクレオは首を傾げていたが、今はそれでいい。
これが、アルナの道を決めた日の出来事だった。




