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万年2位だからと勘当された少年、無自覚に無双する【WEB版】  作者: あざね
第10章

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1.少年の旅立ち。








 ある少年は、一人の女の子に恋をした。

 しかし、その恋は決して叶うことのないものだった。

 第一に彼女と少年の身分は、かけ離れている。そして次に、女の子の中にはもう、他の少年の姿があったから。だから少年――クリスは決めたのだ。


「私は私にできることを。未来への懸け橋となろう」


 この命を賭しても。

 彼女を呪われた世界から解放し、輝ける未来へ――と。


「頼むぞ、その担い手……」


 思い浮かぶのは、彼女が思いを寄せる少年の背中。

 彼ならばきっと大丈夫。今回のように、その真っすぐな心と眼差しをもって、必ずや愛しい彼女を導いてくれるだろう。クリスの中には、確信があった。


 何故なら彼のことを話す彼女――マリンには、その輝きを感じたから。


 与える者が自分ではないのは、少しだけ悔しい。

 それでも、それ以上に、何よりもマリンの笑顔が嬉しかった。彼女の笑顔を守る道を示せたのなら、少年にとっては、この上ない喜びだ。


「クリス! いま、治癒魔法を――」

「くくく。これからお嬢様を導くお前が、そんな顔をしてどうする」

「そんなこと言ったって、これじゃあ……!」


 霞む視界。

 クリスの身体を支えて、顔を覗き込んでいるのは未来の担い手。いまばかりは、その幼い顔を悲しみに歪めていた。こんなことがあっていいのか、と。

 彼はきっと、最後の最後までクリスの命を救おうとするのだ。

 そんな真っすぐな彼だから、クリスは信じられる。


 お嬢様――マリンは、もう大丈夫だ、と。


「案ずるな。これで良い、誰も苦しまないで済むのだから……」

「苦しんでるじゃないか! いま、クリスが!!」

「くくく。私が……?」

「あぁ、そうだよ――」


 必死な少年――クレオは、こう言った。

 それは、クリスにとって思わぬ言葉。

 そう、その言葉とは――。



「だって、クリスは泣いているじゃないか!」



 クリスはハッとした。

 そして、それと同時に理解するのだ。


「は、ははは……なるほど、なるほど。どうりで、視界が……」


 ――あぁ、これが悲しみか、と。

 命を失うその寸前になって、彼は初めてその気持ちを知った。

 今までは、マリンを救う方法を模索することに費やした時間だった。それが終わりを迎えてついに、一人の人間クリスとしての時間が始まったのだ。

 あまりに短い。

 身体を蝕む、不可逆な呪いによって死ぬまでの、短い人生。


「あぁ、あぁ……!」


 理解した。知ってしまった。

 彼は成し遂げた故に、空虚となった。

 だからこそ悲しい。もう、自分の中には何もないから。

 誰かに肯定され、受け入れられるには、この人生はあまりに短すぎるから。



「私は、わたし、は……!」



 鉛のように重い腕を持ち上げる。

 なにかにすがるように、助けを求めるようにして。

 でも、それはきっと誰にも届かない。



 そう、思われた時だった。




「――クリス。ここに、いたのですわね?」




 あぁ、なんと心地良い。

 そんな声が耳に届いたのは……。



◆◇◆



「――クリス。ここに、いたのですわね?」


 何も出来ないでいるボクの隣に、マリンがやってきた。

 そして、その命の灯火が消えようとしている少年の手を取って微笑むのだ。綺麗な顔をくしゃくしゃにして泣き続けるクリスの、そのあまりに幼い手を。

 ボクは二人の様子を見て、なにも言葉にすることができなかった。

 いいや。なにか口にすることは、はばかられたのだ。


 いまはもう、この二人だけ。

 クリスの終わりに必要なのは、きっとマリンだけ。



「お嬢、様……?」

「貴方には、昔からお世話になりっぱなしですわね」

「私のこと、知って……いたの、ですか?」

「とうぜんですわ――クリス。わたくしが困っていたら、そっと手を貸してくれていた、不思議な人。いつも、半人前なわたくしを支えてくれていた人」

「そん、な……」


 マリンの言葉を、否定しようとするクリス。

 だが、彼女はそれを許さない。


「貴方は――わたくしにとって、とても大切な人」

「…………!」


 優しく、あまりに優しく。

 その手を握り締めながら、マリンはクリスという少年を認めた。

 彼は言葉を失い、息を呑み、喉を震わせ、唇を噛んだ。そしておもむろに、先ほどまでの奥歯を噛みしめた表情から一変する。


 クリスはその綺麗な、整った顔に柔らかな微笑みを浮かべた。


 とても、満ち足りた表情。

 彼が残したのは、マリンの未来だけではない。




「あぁ、ありがとうございました。お嬢様」

「いいえ。こちらこそ、ですわ」





 間違いない。

 人間、クリスとしての足跡だった。





 いま、一人の少年が旅立った。

 そうきっと、苦しみに見合うだけの幸福に包まれて――。



 


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 残される側は、やはり辛いだろうなぁ…物理的には消失しても、精神的にはずっと背負い続けていかないとだから… [一言] …と、上記で些かマジメに書いておいてなんですが、他の仲間たちはまだ出…
[良い点] 更新お疲れ様です。クリス最後に報われましたが、悲しい最期でしたね。 てっきりマリンが救ってくれるものだと思ってましたが、そう上手くはいかなかったですね。傀儡とはいえ暗殺者として多くの人の命…
[一言] 良かった…。
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