3.呪術の根源。
立ち上がったカオンと向かい合って、ボクは呼吸を整えた。
周囲に倒れる暗殺部隊の人々を見回して、彼はどこか感心したように言う。
「ほう……? 私の暗殺部隊相手に、手心を加える余裕があるようですね。どの者も、傷は負っているものの致命的なものではない」
「この人たちに罪はありません。裁かれるべきなのはカオン、貴方だけだ」
「ふふふ、たしかにそうでしょう。しかし――」
堪え切れない怒りを見せるこちらに歩み寄りながら、腰元に携えたレイピアを抜き放つカオン。怪しい笑みを浮かべたままに、彼はこう続けた。
手に持った細い剣に指を当てて、魔力を流し込みながら。
「果たして落ちこぼれ程度に、私を殺せるでしょうか?」
口にしたカオンは剣を払った。
直後に感じたのは、あまりに禍々しい気配。呪術特有の魔力が、ボクの方にまで漂ってくる。這うようにして流れるそれは、まるで足を毟り取ろうとしているように感じられた。そこに至って確信したのは、このカオンの呪術が他に類を見ないほど、強力であるということ。
「一つ、教えて差し上げましょう。呪術の仕組みというものを……!」
「くっ……!?」
ボクは即座に身体強化の魔法を使用する。
それとほぼ同時、カオンはレイピアを杖のように振るった。するとまるで、空間を裂くような黒い波紋がもの凄い速度で迫ってくる。
横に跳んで回避。
標的を逸したその波紋は、霧の如く消え去った。そう思った。
「甘いですよ? ――すでに貴方は、私の術中にある」
だが、カオンがそう言った後。
ボクの背後に、先ほどの波紋が出現した。そして同じように、この身を切り裂かんとする。次は回避しようにも遅すぎた。
「ちっ……!」
少しだけ右腕を掠った波紋。
またも霧散したが、ボクは自分の身体の異変に気付いた。
「なんだ、これ……!?」
視界が歪む。
目をこすっても判然としなかった。
瞬時に毒かと思ったが、解毒の魔法は効かない。これはきっと、身体に害をもたらす類のものではなかった。
だとしたら、人間のどこに影響をもたらすのか。
ボクは少し考え、やがて答えを導きだした。
「……これは、精神汚染?」
「くくく。その通り……」
身体的ではない怠さが、全身を覆い尽くす最中。
カオンはにたりと笑った。
「呪術とは精神を蝕むもの。そして、その根源たるは――」
そして、こう言うのだ。
「憎しみや劣等感といった、負の感情なのですよ」
今までに出会ったことのないレベルの呪術の使い手。
そんな彼の瞳には、どこの誰よりも鈍い光が宿っていた。




