2.クリス。
少年から見て、カオン・シンデリウスは、鏡を見ているようだった。
自らが仕えている相手を鏡というのは、多少なりともおこがましいとは思うが、そう感じざるを得なかったのだ。だから、心の底から彼を憎めないのも頷ける。
カオンは、道を示してもらえなかった少年なのだ。
そのような人と出会うことができなかった、悲しい末路の一つだと。
「………………」
遠く離れた場所にて、椅子に腰かけるカオンを眺めて。
クリスは、そう思った。
自分には目標となる人がいた。
マリン・シンデリウスという誰よりも努力し、目標に向かって邁進する、その道を示してくれた少女がいた。だからこそ、いまクリスはこちら側にいる。
そのことは他でもない、彼が一番痛感していただろう。
自分はとても恵まれていた、と。
「お嬢様――準備はよろしいですか?」
「え、えぇ……!」
魔力の高まりを感じ、クリスは恩人たる大切な少女に声をかける。
いまならきっと、倒れた少女の命を救うことができるだろう。傍らにいる少女――マリンは、それを確信させるほどに、研鑚を積んできた。
クリスはそのことをいつも、影として見守っていた。
だから、信じられる。
「では――」
そして、少年は解呪を行った。
瞬間に彼の心臓は、何者かに鷲掴みされているかのような痛みに襲われる。
これはカオンによる『死の呪い』だった。なにかしら、どんな小さなことでも、カオンの思惑に反した場合に発動して命を削るもの。
クリスの口の端からは、隠しきれない血が流れ落ちた。
「…………!? 貴方、その血は!?」
「気にしないでください、お嬢様。どうということは、ありませんから……!」
マリンはそんな少年の姿に、大きく目を見開いた。
しかし、それを手で制して治癒に専念するよう、指示を出すクリス。ここでミスをすれば、きっと彼女の心に大きなトラウマを残しかねないから。
だから少年は命を削ってでも、己を犠牲にしてでも、意志を押し通した。
優先順位を付けた。
彼にとって一番はマリンであり、二番は――。
「けほっ……! けほ!」
「マキ……!」
そう、マリンの愛する者たち。
そこにクリスの入り込む隙間は、存在しないのだ。
息を吹き返したマキを見て、少年は小さく微笑んで思う。
――これで良い、と。
「さぁ、それでは……。私の最期の役目を、果たしましょう」
歓喜に沸くマリンとゴウンを見て、立ち上がるクリス。
ナイフを手に持って、ゆっくりと主であった彼の方へと視線を投げた。
まるで、鏡合わせだったカオンとクリス。愛するものを持ったか、どうか。それを喪ったか、どうか。一歩間違えれば、同じ道をたどったであろう二人。
「………………!」
足を引きずるようにしながら。
クリスは、その結末へと向かって歩き出した。




