2.マリンを繋ぐ鎖。
「マキ、どうし…………て?」
「マリンさんは、ほんの少しだけ臆病さん、なのです」
自身のナイフが幼い少女を貫いたことを覚り、マリンは喉を震わせた。
そんな彼女に、少女は小さく笑いかける。頬を優しく撫で、震える瞳に慈愛の光を湛えて。痛みがあるはずなのに、そこにあるのはマリンへの慈しみだけだった。
そして、少女――マキは、こう口にする。
そっと、微笑んで。
「大丈夫なのです。もっと、みんなを信じて……」
直後にマキは崩れ落ちた。
父の腕の中で、苦しげな表情を浮かべながら。
◆◇◆
「――マキっ!!」
ボクは三人のもとへと駆け寄って、腰を落とした。
マキの受けた傷は深い。止めどなく血が溢れだしており、ゴウンさんの負ったそれよりも、致命的であるというのはすぐに分かった。
とっさに治癒魔法を施すが、それでも気休め程度。
すぐに視線を持ち上げ、呆然と立ち尽くすマリンに声をかけた。
「マリン……! 早く、マキへの治癒魔法を!!」
「え…………?」
するとようやく我に返ったのか、彼女は息を呑んだ。
そして、自らの手に付着した少女の血を見て、大きく肩を震わせる。
「わたくし、は……また……!」
また――。
また、逆らえなかった。
その場にへたり込んだマリンは、瞬き一つせずに大粒の涙を流す。
「分かっているのに……!」
ボクは彼女の呟きの意味を知っている。
彼女の中にある呪術は、その大半がカオンへの恐怖を根源とするものだ。同時に、自分は認められていないということへの恐怖。
そのロジックをすべて、クリスから聞いた。
つまるところ、マリンは寄る辺なきことが恐ろしいのだ。
聖女としてしか自分は認められていないと考え、カオンの生み出したそれに縛られ、奴に逆らうという選択肢が取れなくなっている。
そして、それはマリン自身も分かっていた。
己の弱さを。あまりに不安定な、その心の在り方を。
「わたくし、は……!」
だから、自らを責める。
普段の強気な態度は、それの裏返しで。
周囲を遠ざけ、拒絶されることを拒絶して、泥沼になっていく。
「マリン――」
でも、ボクは知っていた。
だから、こう声をかけるのだ。
「大丈夫だよ」――と。
それは、無条件の肯定だった。
「え……?」
それにようやく、反応を示した彼女の目を見る。
ボクは、静かに微笑みかけた。
「安心して。ボクは、マリンが頑張っていたのを知ってるから」
「クレオ……?」
小さな細い手を取って伝える。
「みんな、知ってるんだ。マリンは――」
それは、当たり前のこと。
だけども、今まできっと誰も、彼女に伝えなかったこと。
「マリンは、一人じゃないから」
己を孤独と勘違いしている少女。
己を孤独と思い込まされている彼女に、それを解く一言を。
「クレ、オ……?」
「さぁ、終わりにしよう? マキのことは、任せたよ」
口を開けたままのマリンの肩に触れ、ボクは立ち上がった。
そして、カオンに向き直る。
「カオン・シンデリウス、ボクはお前を許さない。許せるはずがない」
そのままに、真っすぐ感情をぶつけた。
すると奴は可笑しそうに笑って、こう言うのだ。
「マリンは用済みだ。三文芝居にしては、面白かったぞ?」
「………………」
ボクは短剣を手にして、言葉なくカオンを睨みつける。
静かな時間が、そこには漂っていた。




