1.オルザール。
――数十分前。
「『偽りの聖女』……?」
カオンの言葉に、マキは首を傾げた。
対してマリンは目を大きく見開き、絶望に表情を歪める。それは知られたくなかった事実を、明るみに出されたと、まさしく語っているようだった。
「そうだ。マリンは周囲からの羨望を集めるために用意した、まやかしの聖女――この子自身も、そうなることを望んでいたからね。認められたい、認められたい、と……! なんとも滑稽で、面白いじゃないか! 私はただ父親として、マリンの夢を叶えたまでだよ? なんと美しい親子愛だと思わないかい!?」
「……カオン、てめぇ!」
ゴウンがそれを聞いて、意味を理解して叫んだ。
すなわち、マリンは天啓を受けた『聖女』ではなかったということ。そうだと語られ、作り上げられた存在だということだった。
カオンの語ったことは事実なのだろう。
それは、怯えて首を何度も左右に振ってみせるマリンを見れば明らかだった。
「お父、様……?」
「いやぁ、すまないねマリン。でもいずれ、嘘というものはバレるものさ。遅いか早いか、それだけの差でしかないだろう? だったら、今バレても大丈夫だ」
「そ、そんな……!」
「それに、みんなに認められたいと、そう最初に願ったのはマリンじゃないか。私は周囲に根回しをして、お前が聖女と呼ばれる舞台を用意しただけ」
くつくつと笑うカオン。
そんな父を見て、ナイフを取り落とす娘。
ゴウンとマキは言い知れぬ嫌悪感を抱いて、カオンを見ていた。純粋な少女の願いを踏み躙り続けていた、最低の男に向けられる眼差し。
それすらも心地良いと、そう言う風にカオンは嘲笑うのだ。
「てめぇは、なにがしたいんだ……。自分の娘だろう……?」
「お父さん……」
歯を食いしばりながら、ゴウンは弟であった男に問いかけた。
すると、その者はどこか冷めた表情で答える。
「そんなもの、決まっている――」
兄だった彼を見て、憎しみに満ちた声で。
「恵まれた生まれである貴様に、私の苦しみを思い知らせるためだ」――と。
ハッキリと、そう口にした。
「恵まれて、いた……?」
「気付かないものだな。そもそもゴウン、お前は正室の子として生まれ――私の生まれが、妾であったことを知らないだろう?」
カオンの言葉に、眉をひそめるゴウン。
それを見て、改めて自身の生い立ちを語り始めるシンデリウス家現当主。彼はどこか興味を失ったようにも思える口振りで、こう話した。
「私は妾との間に生まれた子だ。暗殺部隊の女と、先代との間にな?」
――そして、ずっと疎まれ続けていたのだ、と。
カオンは鼻で笑い、ゴウンを見下す。
「お前が受けてきた悲惨と思しき運命は、私のそれをなぞったに過ぎない。――どうだった? 自分が悲劇の中で生きてきたと、そう錯覚する感覚は」
「カオン、お前……」
ゴウンは戦斧を下げて、戦意を失った眼差しを向けた。
その様子に、カオンはニッと口角を吊り上げる。
そして、トドメとばかりに――。
「まぁ、せっかくだ。マリンの母親の名前を教えてやろう」
「な、に……?」
こう告げた。
「ナキ・オルザール、だ」――と。
それを聞いた瞬間に、ゴウンの目の色が変わった。
何故ならそれは――。
「カオン、てめぇ……っ!」
――ゴウンの愛した、女性の名前だったのだから。
「はっはははははははは! おかしいだろう!? お前は差し向けた女を愛した!! 私が要らぬと捨てた女に魅了された、哀れな男だ!!」
「ふざけやがってえええぇぇぇぇっ!?」
カオンの笑い声が響く中。
ゴウンは、戦斧を手に走り出した。
だが、彼らの間に割って入ったのは――。
「な……!?」
「ほう……?」
マキとマリン、二人の少女だった。