6.自由からはほど遠く……。
風邪から復帰しました。
ご迷惑をおかけしました<(_ _)>
「ほらほらほらほら! どうしたんだい、兄さん!! 自慢の剛腕で、マリンのことをへし折れば済む話じゃないかぁ!!」
「くそ、このゲス野郎が……!」
顔を伏せながらも、的確に急所を狙ってくるマリンのナイフ。
それを回避しながらゴウンは舌を打った。広間に響き渡るカオンの耳障りな甲高い声を聞き、思わず我を失いそうになるが、彼は必死にこらえる。
ここで手を出せば、それこそ以前と同じ道をたどってしまうから……。
「お父さん……!」
「マキは下がってろ! ……カオンの呪術のせいで、マリンは見境ねぇからな」
「そんな……」
ゴウンの言葉に、マキは息を呑んだ。
十中八九、彼の見立ては正しい。マリンを突き動かしているのは、呪術による精神汚染に他ならなかった。それは恐怖による束縛であり、支配。
舞うようにナイフを振るう度、マリンの目元からは雫が跳ねていた。
意思に反する故に、泣いているのだ。
「マリンさん……!」
父に襲いかかる彼女を見て、マキは口元を押さえる。
しかし、数秒の間を置いた後に、勇気を振り絞ったようにこう叫んだ。
「マリンさん――」
それは、昨日のこと。
マキに向かって、消え入るような声で誓ったこと。
「貴方は、もう迷わないのではなかったのですか!? 自分の意思で前に進みたいって、言っていたではないですか!! マリンさん、貴方は――」
それを、声を大にして言うのだ。
「もう、自由になれるはずなんです……!!」
胸の前で拳を握り締めて。
大粒の涙を流しながら、マリンに訴えかける。
「ほう、自由――か」
だが、それに応えたのは彼女ではなかった。
カオン・シンデリウス――すなわち、すべての元凶。
「この家を出て、お前を認める者がどれだけ減るか分かっているのか? なぁ、そうだろう――」
ニタリと笑って、彼はマリンをこう称した。
「『偽りの聖女』よ」――と。
◆◇◆
「そんなこと、あってたまるか……!」
ボクは一人、シンデリウス家の広間を目指して、一直線に駆けていた。
気は急いていく。無理矢理にそれを抑えつけてみるが、それ以上に湧き上がってくる感情があった。
それは他でもなく――怒り。
「カオン・シンデリウス――お前は、どこまで外道に堕ちる……!?」
シンデリウス家現当主への、これ以上ない怒りだった。
マリンのことだけでも、今までにないほどに怒りを感じたというのに。先ほど相対したクリスから聞かされた話は、さらにそれを底上げした。
「死の呪い――呪術の中でも、禁忌とされるものを……!」
クリスの身にかけられていたのは誰もが畏れ、禁じた術。
簡単に言えば、自身に逆らった者の身体を蝕み、死に至らしめる術だった。クリスは己の意思に反して、カオンの指示に従っていた傀儡に過ぎない。
いいや、傀儡なんて生温い。
それはそう、道具以下の扱いだった。
『私は後から追いかける。少しばかり、命令に反し過ぎた……』
少年はそう言って、その場に崩れ落ちた。
ボクは彼が呼吸をしているのを確認してから、広間を目指して走り出す。小さな会話で、クリスという少年の想いを受け取った。
だからこそ、ボクは怒りに震える。
純粋な人々の心を弄び、利用し、捨てる彼のやり方に……。
「カオン……!」
そして、ボクは見た。
その男の歪んだ微笑みを。
だが、それより前に視界に飛び込んできたのは――。
「マキ……!?」
少女――マキがその身で、マリンのナイフを受け止めている姿。
ゴウンさんの腕の中に崩れ落ちていく、その姿だった。




