2.夜は深まっていく。
「ゴウンさん、傷は大丈夫なんですか……?」
「あぁ、心配いらねぇ。出血はマキのお陰で治まったし、致命傷じゃないからな」
ボクは傷だらけのゴウンさんとそんな言葉を交わす。
マキの治癒魔法で回復した彼は、やせ我慢のようにも思える言葉を口にした。だが椅子に腰かけているものの、たしかに問題ないように感じられる。
こちらでも確認したが、傷口は完全に塞がり、呪いの類もかけられていなかった。そのことが少しばかり意外ではあったが、不幸中の幸い、というやつか。
「いや、これはきっと――」
そう考えているのが顔に出ていたのか、ゴウンさんがこう言った。
「あのガキがわざと、こうなるように仕向けたんだ。致命傷のように見せかけて、本当なら殺せるところを殺しはしなかった」
「それは、どういうことですか?」
「誘われてるんだよ、俺たちはな……」
「………………」
それは実際に襲われた身だから抱ける確信だろうか。
彼は渋い表情を浮かべながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「クリスとか言ったか――あのガキは、俺のことを殺せる機会を何度も見逃している。どういうつもりかは分からねぇし、気に食わねぇが、何かあるはずだ」
そして、部屋の奥からあの日に使っていた戦斧を取り出してくる。
鋭い眼差しに宿っていたのは、決意だと思われた。
「悪いな、クレオ……。少しばかり手伝ってほしい」
「ゴウンさん……?」
一度ゆっくりと目を閉じてから、彼は言う。
「これは俺の不始末であり、因縁だ。それを未来あるマキや、マリンのような子供に背負わせるのは間違っている。ここで、決着させないといけない……!」
迷いを振り切るようにして。
ボクは、それを受けて一つ大きく頷いた。
「分かりました。ボクも、大切な友人を助け出したい」
「おう、交渉成立だな」
こちらの言葉に、ニッと笑みを浮かべるゴウンさん。
その様子を見ていたマキは、胸に手を当てて祈るようにしてこう口を開いた。
「お父さん、僕も行くです」――と。
そこにあるのは、彼女なりの決意。
きっと理由はボクと同じ。マリンの一人の友人として、親友として、彼女のことを救い出さなければならないと、そう考えているのだ。
そんな少女の気持ちを汲んだのか、父であるゴウンさんは大きく頷いた。
「危なくなったら、すぐに逃げるんだぞ?」
「むぅ、僕だってもう一人前の冒険者なのです! いつまでも、お父さんの後ろで震えていたような、子供じゃないですよ!!」
「へっ……。言うようになったじゃねぇか」
「これも全部、クレオさんたちのお陰なのです!」
親子のそんなやり取りを見届けて。
ボクは一つ息をついてから、こう宣言した。
「それじゃ、行きましょう! ゴウンさん、案内を頼みます!!」
◆◇◆
マリンの部屋には、明かりがない。
それはまさしく、今の少女の心を表しているようでもあった。
「わたくしは、もう……」
口から出るのは、同じ文言ばかり。
窓の外に浮かぶ月を見上げて、それが嘲笑うかのような三日月になっているのを見て、マリンは静かに己の行いを恥じるのだった。
呪術のせいにしてはいけない。
あれはキッカケにしか過ぎないのだから。
「わたくしは、結局お父様に逆らうのが怖かった」
そうだった。
あの瞬間に少女の脳裏によぎったのは、間違いなくカオンの顔。
ここでその力に逆らえば、自分の身が危ないのだと、そう直感したのだ。だからこそ、ゴウンに刃を突き立てた。死には至らぬとも、クリスがなにかを施していると、マリンは考える。そして最悪の事態を想像しては、涙を流すのだった。
なにもかもを失った、と。
今までの努力も、なにもかもが泡沫と消えていく。
クレオから向けられた笑顔も、マキから与えられた温かさも。
「………………」
なにもかも失った。
マリンの瞳から、光が失われていく。
頬を伝う涙も、次第に回数を減らしていった。
彼女の胸に宿るのは諦念のみ。
夜は更けていく。それは、マリンの心のように暗く、深く……。




