1.カオンとクリス。
カオンはクリスの報告を受けて、ほくそ笑んでいた。
憎きゴウンに致命傷を与え、手駒であるマリンの回収に成功したのだから。そこにはもはや父親としての顔はなく、歓喜に震える悪魔のそれがあった。
彼にとってゴウンの死は念願。
幼少期から比較され続け、謀略の果てにシンデリウスを追い出した後も、彼が存在しているという事実だけで気が狂った。
「く、くくくく――――あ、はははははははははは!」
暗い広間に、憎悪に支配された男の笑い声が響く。
人間のそれとは思えないほどに醜悪な声は、聞くに堪えないものだ。それはカオンの前で片膝をつき、頭を垂れる少年にとっても同じ。
主にバレないように、彼は眉間に皺を寄せた。
――クリスの中に、カオンへの忠誠などない。
ただ今はまだ、その時ではない。
それ故に、真に愛している者さえも利用しているのだった。
「………………」
しかし、表情を歪めるのを堪え切れない。
覆面を外し、その美しい顔を晒したクリスは、血が滲むほど強く唇を噛んだ。そこにあるのは苦渋と言って違いないだろう。
彼はいま一時とはいえ、愛する少女――マリンを苦しめているのだ。
それがいかに悔しい選択であるかは、想像に難くない。
「良いぞ、クリス。――下がれ」
「…………失礼いたします」
ひとしきり笑い終えたカオンは、そう少年に告げた。
その声を聞いた瞬間に、クリスは今にでもカオンの首を刈り取ってやろうかと、そう考える。しかしそれは出来ない。もし今、手を出せば周囲に控える他の暗殺者によって殺されてしまう。
クリス一人の力では、覆せない。
必要なのは、圧倒的な力。それは、一つで良い。
ただ一人――あの少年が動いてくれれば、形勢は一気に逆転するだろう。
だから、今は我慢の時だった。
クリスはその顔から感情を消し去り、踵を返す。そんな彼にカオンは言った。
「くくく――期待しているぞ、クリス」
「……………………」
少年は答えずに立ち去る。
人でなしから向けられる期待などに、興味などなかった。彼にとって最も尊いのはある日一度だけ、マリン・シンデリウスから向けられた、笑顔の記憶だけ。
ただ、それだけなのだから……。




