5.別れと、暗殺者の思い。
――少女は、見えない鎖に繋がれていた。
それは一種の呪いと呼んで、間違いなかっただろう。
しかし後に少女は成長し、聖女と呼ばれるようになった。呪いをその身に宿した聖女という、皮肉な存在。その身を蝕む、一族の都合のいい傀儡としての呪い。
「わたくし、は……!」
その少女――マリンはいま、自身の手から零れ落ちたナイフを見て震えている。
そして、膝をつき泣き崩れた。自分がしでかしたことの大きさに、恐怖を覚えたのである。たとえ操られていたとしても、たとえ自身の意思に反していても。
目の前に蹲る彼を刺したのは、他でもない自分だったから。
「ゴウンさん! マキ、治癒魔法を!!」
「は、はいです! お父さん!!」
二人の友人は、彼女を残して行動に移った。
それをマリンは呆然として見つめる。
そして思うのだ。
「もう、わたくしは――」
――この輪の中には戻れない、と。
幸せだった。
今まで経験したことのない、温かさだった。
それなのに、自分の手で壊してしまったのだ。その心の揺れを見逃さず、背後から少年の声が聞こえた。それは、逃げ出したい彼女を誘うそれ。
「さぁ、お嬢様。こちらへ……」
もはや、彼女に意思などない。
気付けば踵を返して、ゆっくりと歩き出していた。ただ、一言――。
「ごめん、なさい……!」
それだけを、残して。
「マリン……」
少年――クレオは、それを聞いて振り返る。
誰もいなくなった場所を見て、少女の名前を口にした。
「………………!」
そして、拳を握り締める。
歯を食いしばって、怒りに表情を歪ませた。
口にするのは、憎き相手の名前。
それは――。
「……カオン・シンデリウスッ!」
渦を巻くような、温い風が吹き抜ける。
それが止んだ時に、きっと戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
◆◇◆
クリスは抜け殻のようになったマリンを連れて、足早に歩いていた。
ちらりと振り返り、その空虚な瞳を見る。
そして、その都度――。
「………………」
唇を噛んだ。
血が滲み出して、口内に鉄の味が広がっていく。
少年の心の内にあるのは、いかなものであろうか、それは分からない。だが、その時に少年の口からこぼれた言葉は、一つの答えを示していた。
「必ず、私が――シンデリウスを壊します」
強い決意を持った響き。
それは、どこか遠くの約束を眺めるようなものだった。




