3.無自覚な少年。
――レライエ。
それはスケルトン族の中でも異端とされる、強力な種族だった。
本来は弱点である魔法攻撃に対して、完全なる耐性を持ち、通用するのは物理攻撃のみ。しかしながら背中にある大きな翼で宙を舞い、手に携えた巨大な弓で矢を放ってくる。すなわち接近することすら困難であり、一流の剣士でさえ逃げ出すとされていた。
「に、逃げるぞクレオ!? こんなところで、死んでたまるか!!」
キーンはそれを目の当たりにした瞬間、完全に腰が引けていた。
この様子ではどうやら、周囲の気配に気付いていない。
「それは無理だよ。ボクらは逃げられない」
「どうしてだ!? そんな――」
「囲まれてる……」
「え!?」
ボクは慌てるキーンに、静かな口調でそう伝えた。
そう。そうなのだ。ボクとキーンはすでに、レライエに退路を塞がれていた。その数はおそらく十体余り。冗談でも、タチの悪い類のそれだった。
つまりボクらが生き残るには、このレライエを討伐するしかない、ということ。
そして、それが可能だとすれば……。
「な、なぁ……クレオ? お前、もしかして……」
「キーンは動かないでね。せめて、矢が当たらないように防御魔法を使ってて」
そう、ボクが戦うしかなかった。
剣を再び引き抜いて、正面に構える。深呼吸をして、周囲の動きを確認した。出来るかどうかじゃないんだ、やるしかない。
2位程度の剣術がどこまで通じるか、それは分からないけれども。
それでも、ボクが戦わないとキーンも、仲間も死んでしまうのだから……!
「お、おい! クレ――」
「大丈夫。これでも、剣術の腕は世界最強剣士――アルナの次だったんだから!」
ボクは、そう自分を鼓舞するように言って駆け出す。
背中にはキーンの声を受けて。
◆◇◆
「う、そだろ……!?」
キーンは必死に防御魔法を展開しながら、自身の目を疑っていた。
それは言うまでもなく目の前で戦う少年――クレオの姿を見て、である。彼はレライエの放つ矢を叩き落としながら、肉薄し、その剥き出しの骨を断った。
繰り返すこと五度。
すでに、スケルトンの王たるレライエの数は半数となっていた。
「魔法だけじゃ、なかったのか……!?」
それは、驚愕だった。
それは、畏怖だった。
それは、敬意だった。
キーンの中に生まれた感情は、その三つがない交ぜになったもの。
クレオを引き入れ、自分が優れた魔法使いであることを誇示しようとした、その行い自体を恥ずるほどだった。自分はなんとも矮小な存在なのか、と。
自分は冒険者として、この少年の足元にも及んでいない。仮に魔法の腕は勝っていたとしても、それ以外が別格だった。クレオは自分よりも格上の存在だ、と。
エルフの青年は、この短時間でその事実を痛感させられた。
「最後の、一体……!」
見る見るうちに、レライエは魔素へと還っていく。
それも、気付けば最後の一体に。
「はあああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
少年は声を張り上げて、剣を大きく振りかぶって跳躍した。
宙を舞うレライエ目がけて、迷いなく得物を叩きつける。そして――。
断末魔。
悪魔の悲鳴が、ダンジョン内にこだました。
それが、終わりだった。
絶体絶命と思われた状況の終焉だった。
少年は剣を仕舞いながら、何てことないように振り返って言う。
「キーン、怪我はない?」――と。
キーンは何も返せなかった。
だが、心に誓うのだ。
自分はこの少年に命を救われた。
だからこの人に、心からの感謝と共に、忠誠を――と。