2.謎の少年。
「二人とも、ゴウンさんは……?」
「今は眠っていますわ。それでも、傷が想定以上に深くて……」
リビングに戻ってきたマリンに訊ねると、神妙な顔で彼女はそう言った。
「お父さん……ぐすっ」
「マキ……」
マキは先ほどからずっと泣いている。
あの日、決闘の際に負ったそれよりも重体だった。その状態でここまで逃げてきたことが、奇跡であるとも言えるだろう。一命は取り留めたとマリンが説明してくれたが、それでもマキに与えた動揺は計り知れないものに思われた。
「やっぱり、昨日の……?」
しかし、申し訳ないが今はそこに気を割いている暇はない。
マキのことはマリンに任せて、ボクは昨日の出来事を思い返していた。声の主はこう言っていた――『かつてシンデリウスを去った者と、その家族を守ってみせよ』、と。つまりはゴウンさんとマキ、この二人のことだった。
「………………」
しかしそうなると何故、あの声の主はゴウンさんを逃がした……?
そんな疑問が浮かぶ。言葉の通りにするなら、確実にトドメを刺すはずだった。逃がすようなヘマはをするだろうか。そしてそうなってくると、可能性として挙げられるのは、これ自体がなにかの布石であるということだ。
ボクはそこまで考えてから、マリンにこう告げる。
どうやら、来客のようだった。
「少し、外に出てくるよ」
「クレオ……?」
「大丈夫。それより、マキのことをお願いね」
心配そうにこちらを見る彼女に、そう言って外に出た。
すると、玄関先に立っていたのは――。
「キミが、昨日の……?」
「あぁ、そうだ。改めて挨拶させてもらおう――私は、クリスという」
一人の、少年と思しき人物だった。
闇に紛れるような黒装束に、銀の髪が映えている。
紅い眼差しだけが覗く覆面をしており、その顔立ちはハッキリとしなかった。小柄なクリスは、恭しく礼をした後にこう口にする。
「ファーシードを廃嫡されし者、クレオ。貴様はシンデリウスを去りし者――ゴウンと、その娘マキを守る。その誓いに嘘はないな?」
「…………どういう、意味だ?」
違和感を覚えるその言い方に、ボクは眉をひそめた。
そして問いを返したが、それにクリスが答えることはない。静かに懐からナイフを取り出し、姿勢を低くした。ボクは腰元から、同様に護身用の短剣を出す。
そこから先は、会話などなかった。
「――――――」
「――――――」
一息に、互いの距離を詰める。
刃と刃がぶつかり合い、高い金属音を発した。それを二度、三度、四度――数十回に渡って繰り返し、ようやく呼吸をするように、動きを止める。
最初の位置に戻り、クリスは笑ってこう言った。
「クククク、面白い。私の速度についてこられるとは……」
それはどこか、満足しているようで。
ボクはまだ彼が本気を出していないことに気付いた。
「これならば――」
次いで、少年は意味深に呟く。
後半はあまりに小さく、聞き取れなかった。ボクは素性の知れない相手との戦いに、ある種の不気味さを覚える。
それ故に気を抜くことはなかった。
だけど――。
「――――今のは!?」
他に、敵の気配などなかった。
そのはずなのに――。
「二人の、悲鳴……!?」
家の中から、たしかに少女たちの悲鳴が聞こえた。
想定外の事態。
だが、これがシンデリウスの闇と向き合う、その始まりだった。




