3.闇からの声。
「二人とも、無事に帰れているかな?」
ボクは途中までマキとマリンを送り届けて、宿へと向かって歩いていた。
すっかり日の落ちた王都。しかし、酒場などが多いこの地区は、活気にあふれている。まだ未成年なので酒は飲めないけれど、見ているだけで楽しかった。
「ファーシードの家にいたら、まず関わることのなかった世界だよなぁ」
ボンヤリと、赤ら顔の男性が踊っているのを眺めつつ。
そんな、少し前の自分と今を比べてみた。勘当された時はどうなるかと思ったが、好きに生きようと決めた現在となっては、ちっとも怖ろしくない。
むしろ毎日が新鮮で、輝いて感じられた。
それは、きっと今のマリンも同じ。
だけれども、ボクには少しだけ気になることがあった。そして――。
「…………どなたですか? さっきから、ボクをつけているのは」
もう一つの懸念材料。
ほんの少し喧騒から離れた場所に差し掛かった時、ボクは暗がりからこちらを見てくる人物に声をかけた。路地裏の入り口付近。そこから、乾いた声がした。
「よもや、気付いていようとは、な」
「それは、気付きますよ? 一週間ずっと、監視されているんだから」
「ハハハハハ――面白い。私の隠密行動を察知するとは、良い目をしている」
それは、おそらくは女性のそれ。
でもハッキリとしない。認識阻害の魔法でも使っているのだろうか。もしかしたら、路地裏にいるというのも、こちらの勘違いかもしれなかった。
その気になれば、それを破ることもできる。
けれどもそれ以上に、ボクはその人物に訊きたいことがあった。
「目的は、ボク――ではない、ですね? おそらくは、マリン」
「クククク。なるほど、頭も回るらしい」
「彼女に、何の用ですか?」
それはその本来の目的、そして理由。
違和感があったのは、一週間前からだった。マリンがボクのもとを訪れたあの日から、この人物の視線が時折に感じられたのだ。
しかし、襲ってくる様子はない。
そのため今まで泳がせていたのだけど……。
「教えられないな。――ただ、一つ言えることがある」
「言えること……?」
首を傾げると、声の主は面白そうにこう言った。
「貴族ではなくなったお前はもう、シンデリウスには関わらない方が良い」
まるで、こちらを嘲笑うように。
「それは、どういう意味ですか?」
「ファーシード家から廃嫡されし少年よ、命が惜しければ大人しくしていろ。なにが起きても、手出しをするな。もし、なにかすれば――」
一度そこで言葉を切って。
「お前の命は――ない」
ハッキリと、そう告げた。
ボクはそれを受けて、しかし恐怖心は抱かない。
「………………いえ」
むしろ、こう宣言した。
「もしマリンや、それ以外の仲間に手出しすれば――」
ほんの少し、怒りを孕ませて。
「ボクは、貴方たちを許しません」――と。
遠くの喧騒だけが、その場を支配した。
数秒の間を置いてから、それは不意に掻き消される。
「アッハハハハハハハハハハ! 愉快、愉快愉快愉快!! ――面白い。面白いぞ、クレオ! この私の忠告を無視するだけでなく、切って返すか!!」
声の主の哄笑とも取れる笑い声。
ボクは眉間に皺を寄せ、それを聞いていた。
すると次第にそれは収まり、声の人物は最後にこう口にする。
「ならば、見せてもらおうか……」
それは、ある種の犯行予告。
宣戦布告と、そう思えるものだった。
「かつてシンデリウスより去った者と、その家族を守ってみせよ」




