2.親友。
「本当に、お邪魔してもよろしいですの?」
「いいのです! 僕の家、ちょっと狭いですけど!」
夜道を歩きながら、マリンとマキは言葉を交わす。
この日は普段、宿を利用しているマキが父のもとに帰る日だった。そこに合わせて、仲良くなったマリンのことを父に紹介しようと、少女が一緒に行くことを提案したのだ。
「ふ、ふぅぅ……」
「どうしたです? マリンさん」
「わたくし、誰かのお家に泊まるなんて初めてで……!」
緊張した面持ちの聖女に、マキが問いかける。
そして、返ってきた言葉に小さく首を傾げて言った。
「そうなのです? マリンさん親切ですし、お友達多そうですけど」
「そ、そんなこと……ない、ですのよ……?」
「…………?」
マリンは少しうつむいて、目を伏せつつそう答える。
悲しげなその表情に、マキはさらに首を傾げた。いったいどうしたのかと、そう問いかけようとしたところで、相手の方から自嘲気味な声が漏れる。
「わたくし、こんな性格ですから……ずっと一人ぼっちでしたわ。まともに話してくれるのはクレオくらいで、他の人は友達と思ってくれているかどうか」
「マリンさん……」
それを聞いて、マキは若干耳を疑った。
なぜなら自分の知るマリンと、彼女の語るマリンでは食い違いが大きい。しかし、おそらくは彼女の語るマリンの姿が真実だった。
学園時代の彼女は事実、高飛車な振る舞いをしていたのだ。
自然と人は離れ、周囲に残ったのは聖女としての彼女を利用しようとする者だけ。もっとも、クレオだけは違ったようだが……。
「お笑い種、ですわよね。誰かに弱い自分を見せるほど、強くなかったんですの」
「………………」
マリンは泣きそうな顔でそう言った。
それを見て、マキは小さく息を呑む。そして――。
「きっと、弱い自分を見られたから、わたくしはマキに接することが――」
「マリンさん! 僕たち、お友達になりましょうです!!」
「え……?」
唐突に、彼女の言葉を遮ってそう叫んだ。
マリンは驚き、目を見開く。自身より幼い少女へ目を向けると、そこにはなにか、強い決意を秘めたようなマキの姿があった。
「いえ、お友達じゃ生温いです! ――僕たちは『親友』なのです!」
「マ、キ……」
マキは、マリンの手を取る。
とても温かいそれは、まるであの日のクレオの手のようで。
「よろしいの、ですか? わたくしは――」
「貴族だとかそんなの、関係ないのです! 僕たちはきっと、親友になるために出会ったに違いないのです!」
「………………」
聖女の言葉を、少女が封殺する。
無茶苦茶な理屈だったが、それでも、その言葉はマリンの胸に刺さった。真剣なマキの表情を見て、次第にマリンの瞳は潤んでいく。
果たして、彼女はこう言葉をこぼすのだった。
「よろしく、お願い致しますわ……!」
震える音は、マキの耳にしっかり届く。
「はいです! 喜んで!!」
それは一つの絆が生まれた瞬間だった。
そして、それとほぼ同時にこんな声が聞こえてくる。
「マキ、今日はずいぶん遅かったじゃねぇか」
「あ、お父さん!」
それは、少女を出迎えにやってきたゴウンのそれだった。
マキは上機嫌に答え、自然な流れでこう言う。
「マリンさん、この人が僕のお父さん――ゴウン・オルザール、なのです!」
しかし、それが新たな火種になることを少女は知らなかった。
「マリン……? お前さんが……」
「ゴウ、ン……?」
マリンとゴウンは互いに顔を見合う。
そして、マキに覚られないように、小さく息を呑むのだった。