2.キーンの魔法、早速のピンチ。
「え、こんな強い魔物の討伐クエスト――大丈夫なの? キーン」
「大丈夫さ。なんて言ったって、私はそんじょそこらの魔法使いではないからね! 生まれが違えば、きっと王宮魔法使いになっていただろう」
「王宮魔法使いかぁ……。リリアナ、元気かな……」
ひとまず紹介された宿で夜を明かして、翌日の昼。
ボクはダンジョンに向かう最中にキーンの話を聞いて、魔法学で1位を取っていた幼馴染みの少女を思い出していた。王宮魔法使いとは、王都立学園の魔法学で優秀な成績――すなわち、首席を取った者の就職先だ。安定した将来が約束されている、魔法を得意とする者の憧れの場所である。
「ところで、クレオ。キミのクラスは何なんだい?」
「え、クラス……?」
過去に思いを馳せていると、不意にそう訊ねられた。
意味を理解できずにボクがポカンとしていると、キーンは呆れたように肩をすくめる。そして、こちらの腰にあるものを指差して、こう言うのだった。
「キミは魔法使いだろう? それなのに、どうして剣を携えているんだい」
「え、あぁ……。これのこと、か」
ボクは視線を落として、腰元の剣を見る。
これは朝早くに、武器屋で購入したものだった。たしかにボクは魔法使いとしても戦えるけど、剣術も苦手なわけではない。
そんなわけで、戦闘手段は多いに越したことないだろう、と。
安直な考えをもとに買ってきたのだった。
「ははは、ボクは剣にも覚えがあるからね」
「魔法使いの剣術、ねぇ……。まぁ、それなりに期待しておこう」
それでも、いっぱしの剣士のような戦いが出来る保証はない。
だから苦笑いしつつ答えると、キーンは二度ほど頷いてから納得した。彼の言う通りだろう。自分はあくまで、剣術でも二番手だったのだから。
しかし、実力を惜しむつもりは毛頭なかった。
この力が必要となった時には、全力で敵に立ち向かうことに決めている。
自重なんてしない。
家のしがらみがなくなったのだから、好きなように冒険者として生きるのだ。
◆
そうして、ダンジョンに潜ること数時間が経過した。
目的の魔物がいる階層に辿り着き、慎重に周囲を確認する。薄暗い道を魔法の明かりで照らし、ゆっくりと進んでいった。
すると数メイル先に、目的の魔物を発見する。
「キーン、いたよ。キングデイモンだ……!」
「あぁ、そうだな」
――キングデイモン。
悪魔型の魔物、デイモン族の頂点に君臨する種だ。発達した肉体と大きな鉤爪を持ち、大きな翼をはためかせて空を飛ぶこともできる。
そして何よりも、注意すべきなのは魔力の光弾を放つ――俗に【ショット】という攻撃だった。これは単純な魔力変換による攻撃なのだが、キングデイモンのそれは桁違いの威力を誇る。
「気付かれないように注意して、初撃必殺で仕留めるぞ!」
「分かった、それじゃ――」
キーンの言葉に、ボクは大きく頷く。
そして、剣を引き抜いた。
「囮は任せて!」
「あぁ、すぐに強力な魔法をぶちかましてやるさ!」
ボクは自ら囮を買って出た。
この状況、魔法を専門にしているキーンに後方を任せるのが無難だろう。だとすれば、こちらに出来る最善手は相手の注意を引き付けることだった。
意識共有も問題なく済ませて、ボクはキングデイモンにその身を晒す。
すると、悪魔型の魔物は咆哮を上げて【ショット】を打ち込んできた。
「おっと、こっちだよ!」
しかしボクは、ひらりとそれを躱して。
挑発するようにキングデイモンの周囲で、細かく動き回った。そうすると相手も混乱してくるのか、乱雑な打撃を周囲にぶちかます。
それもまた回避して、ボクはちらりとキーンの方へと視線を投げた。
どうやら、ちょうど魔法の詠唱が終わったようだ。
「クレオ!」
「分かった!」
互いに声をかけ合う。
そして、こっちの離脱と同時にキーンが杖を大きく振りかざした。
「燃え尽きろ――【エンシェントフレイム】!!」
それは、炎系最強の魔法。
古代の炎を呼び起こし、敵を焼き殺す魔法。
宮廷魔法使いになれるはずだ、と――そう自称するに相応しいそれだった。魔法使いの格としては、間違いなくキーンの方が上だろう。
リリアナには、少しだけ及ばないかもしれないけど……。
「ふっふっふ、どうだクレオ! 私の大魔法は!」
「うん、凄いよキーン!」
「はっはっは!!」
ボクが持ち上げると、彼は嬉しそうに背を逸らしながら笑った。
そんな得意げな仲間の様子を見て、どこかおかしくなる。
自然と笑みがこぼれてしまった。
「さて、これでクエストは終了だ。以降クレオは私の指示に従うように――」
そして、キーンがなにかを言おうとした――その時だ。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!
なにか、大きな地響きが聞こえたのは。
「いまの、いったい――」
ボクたちは音のした方を見る。
すると、薄ぐらい闇の中から現れたのは……。
「おい、マジかよ……!?」
キーンが声を震わせた。
なぜなら姿を現した魔物、それはある種で絶望的なものだったから。
「レライエ……!」
それは、スケルトン族の王。
魔法に完全な耐性を持つ、相性最悪な敵だった。