5.あの時とは違う。
――数時間前のこと。
オルザール宅からギルドへ向かうと、そこには人だかりができていた。
「どうしたのですかね?」
「なにか、事件でもあったのかな……」
ボクとマキは互いに顔を見合わせて、首を傾げる。
様々な人が行き来するギルドで問題が発生するのは、たしかに日常茶飯事だ。しかし今回のこれは、どこか雰囲気が違う。
いつもなら聞こえる喧騒はなく、そこにいる人すべてが困り果てていた。
何事かと思い、ボクは受付へと赴く。
「あぁ、クレオさん。ちょうど良かったよ!」
「え、どうしたんですか? リールさん」
すると受付担当者――リールさんは、ホッとしたようにそう言った。
「キミの知り合いだって女の子が、ダンジョンに一人で向かってしまったんだよ。見たところ治癒師だし、一人では危険だって、みんなで止めたんだけど……」
「え、それってもしかして――」
そして、語られた内容から察する。
ボクの知り合いで、治癒を専門にするのは一人しかしない。
「クレオさん!?」
「マキはキーンとエリオさんに声をかけて! まずはボクが行くから!!」
そうなった瞬間に、駆け出していた。
ダンジョンへと向かって。
◆
そしていま、ボクはマリンに手を差し伸べていた。
周囲には、それなりの強さを誇る魔物の群れ。その只中で、尻餅をついた幼馴染みの一人である彼女は、唖然としてこちらを見上げていた。
「ク、レオ……。どうして?」
「いまは、そんなことどうでも良いよ。とりあえず、立てる?」
「え、えぇ……立てますわ」
短く言葉を交わすと、マリンはボクの手を取って立ち上がる。
足をほんの少しだけ気にしているところから、怪我をしたのだと察した。治癒魔法にも詠唱は必要だ。しかしこの状況では、それに手をかける時間がない。
「マリンは自分の怪我を治してて。ボクは――」
剣を構えて、ボクは深呼吸をした。
短く魔法詠唱を行い、意識をそれへと持っていく。
するとそこには、炎をまとった剣が誕生した。俗にいう魔法剣というやつだ。今回は威力を上げるため、火属性のエンチャントを施した。
そこで改めて、魔物の群れに目を向ける。
「こいつらは、ボクが引き受ける!」
そして、足に瞬間の力を込めて――駆け出した。
まずは手前のワイバーンに肉薄し、その胴体を一刀両断する。次いでは大型のオークの、醜く肥大化した肉体に魔法剣を突き立てた。
それぞれが断末魔を上げる最中にも、ボクは多くの魔物を屠っていく。
マリンを庇いながら。
それはまるで、幼い頃のある日を思い出すようだった。
◆◇◆
マリンは泣いていた。
他の子供に囲まれ、暴力を振るわれて。
自分が悪いわけではないのに、ずっと謝罪を口にしていた。
『やめろーっ!』
そこにやってきたのは、クレオだった。
彼はいじめっ子たちを一人で追い返すと、マリンに微笑みかける。そしていつものように、手を差し伸べてこう言うのだ。
『ほら、泣いてないで遊ぼうよ!』――と。
◆
マリンもまた、それを思い出していた。
魔物を倒していく少年の後ろ姿は、あの時のままだ。そして今、最後の一体を魔素へと還し、少女のもとへと歩み寄ってくる。
「クレオ……!」
彼女は歓喜した。
心の底から、やはりこの少年は自分のヒーローなのだ、と。それを理解して、歓喜したのだった。だから、自ずと手を差し出そうとして。
――パシンっ!
しかし、唐突な頬の痛みに唖然とした。
いまクレオは、マリンの頬を叩いたのである。
「クレ、オ……?」
恐るおそる彼を見る。
するとそこにあったのは――。
「今回ばかりは、怒ってるよ? ――マリン」
眉間に皺を寄せ、怒りを露わにする少年の表情であった。




