4.一方のマリンさん。
「こんなところでは、死ねませんわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
マリンは走っていた。
ダンジョンの中層付近の只中を、死に物狂いで走っている。そこにいつもの令嬢然とした風格などなく、ただ一人の人間として、生存本能のままに駆けていた。
後方に迫りくる魔物の群れ。
少女は両手を大きく振り、目を血走らせ、口から白い息を吐いていた。
どうしてこうなったのかというと、それは数刻前にさかのぼる。
◆
ギルドへ冒険者登録に訪れたマリンは、そこでこんな話を耳にした。
「クレオは、もう最下層付近まで行っていますのね。それなら彼に認めてもらうには、わたくしも同じところまで到達しなくては……!」
もはや当初の目的などどこへやら。
新時代の聖女と呼ばれる彼女の頭の中には、あの少年に認めてもらうこと。それしかなくなっていた。そのために家を飛び出し、冒険者登録までして、この結論。
支離滅裂ながらも、マリンの目にはクレオのことしか映っていなかった。
そのため、受付の男性の忠告も受けずに飛び出したのである。
「大丈夫ですわ、わたくしなら。――新時代の聖女を舐めるんじゃないですわ!」
必死に呼び止める人々にそう一喝して回った。
そして、その結果が――。
◆
「よく考えたら、わたくし攻撃魔法はからっきしでしたわぁぁぁぁぁっ!」
――これである。
ろくな攻撃手段を持たずにダンジョンへと足を運べば、当然こうなる。上層の魔物ならいざ知らず、中層となるとそれなりの魔物が集っていた。
初歩魔法で撃退できる相手も、限度というものがある。
もっとも、それでも基礎魔力の高いマリン。初心者にしてはなかなかの戦闘を行えていたのだが、恐怖心がいよいよ勝り、この有様だった。
「死にたくない死にたくない死にたくない……っ!?」
ちらりと後方を見ると、そこには大型のオークやワイバーン。
そいつらが赤い眼を輝かせ、群れを成して迫ってくる様子は恐ろしいという他なかった。捕まればどんな目に遭わされるか、分かったものではない。
それを考えて、マリンの身体は一気に冷えていく。
「クレオ、助けてください! お願い致しますわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
号泣しながら、あの少年に助けを求める聖女。
その姿は、母親に玩具をねだるような子供にしか見えなかった。
「誰か、助け――――きゃっ!? ぐほぉ!!」
そして、いよいよ脚にも限界が来たのだろう。
マリンは道を曲がり切れずに前方へと、数回転してから壁に激突した。鼻血を垂らしながら起き上るものの、どうやら足を挫いたらしい。
紫色に変色したそこに、力がまったく入らなかった。
「は、早く治癒魔法を――――って、追いつかれてしまいましたわ」
すかさず治癒を試みるが、そうしている間に追いつかれてしまう。
壁を背にした少女を取り囲む魔物たち。ジリ、ジリと距離を詰めてきていた。そんな人ならぬ者たちを見て、少女の脳裏によぎったのは……。
「あの頃を、思い出しますわね……」
それは、クレオと出会う前の記憶だった。
自らを蔑むように見てくる人々の目。それはたしかに、人ならぬ者のそれに似ていた。両親以外で、自分を人間として扱ってくれたのは、彼以外にいない。
しかし、そんな少年も今はいなかった。
助けてくれる者など、ここには――。
「わたくしは、なにをやっているのでしょうか……」
少女は自嘲気味にそう笑った。
自分勝手に行動、暴走して、その結果がこれである。
こんな自分なんて、誰も手を差し伸べてはくれないだろう。
それはそう、あの少年でも――。
「大丈夫? ――マリン」
「え…………?」
そう思った瞬間だった。
急に聞こえてきた断末魔の中に、ハッキリとそんな声がある。
いつの間にか閉じていた目を開くと、そこにいたのは間違いなく――。
「クレ、オ……?」
あの頃のように、手を差し伸べる少年だった。




